(150)タイタニック日本のないことを願って(15)100兆円救済金の金融デフォルトを克服したドイツの涙 後編

2008年のドイツ金融デフォルトが引き起こしたものは、これまで成長戦略を掲げてきた新自由主義への不信であった。
その結果2009年の連邦選挙では、2003年から新自由主義行動計画「アジェンダ2010」を推し進めてきた社会民主同盟(SPD)の責任が問われ、SPDは結党以来の歴史的敗北をした。
ドイツの社会民主同盟は2005年の連邦選挙敗北を受けて、2007年のハンブルグ党大会で新自由主義推進を深く反省し、強者のための競争原理最優先の新自由主義経済から弱者に配慮した社会的公正な社会的市場経済への帰還を決議した。
しかしすぐさまシュレーダー政権の元幹部たちは、2005年の連立選挙敗北で責任を取り政治的引退を伝えられていたフランツ ミュンテフェーリング元党首と共に復活し、ハンブルグ決議の立役者であるクルト ベックを党首から引きずり下ろし、再び新自由主義路線を採った。
そして2008年1月の保守の牙城であったヘッセン州で、左翼党リンケを含めて勝利したにもかかわらず、SPD連邦執行部がリンケとの閣外協力も認めないことから、2009年1月の再選挙となり惨敗した。
その理由は州民の怒りが見苦しい内紛劇に爆発したこともあるが、2008年の金融デフォルトを経験した州民は、既に新自由主義が強者のための恐ろしい社会へ導くことを学んでいたからだ。
それ故2009年9月連邦選挙でのSPD歴史的敗北は、戦後政府の国民への奉仕を絶えず求めて来たなかで、労働政権が新自由主義という献金支配で、自ら国民への奉仕よりも企業への奉仕を優先させた審判であった。
その結果、漁夫の利を得たキリスト教民主同盟CDUが大勝利した。
しかしCDUはコール時代に新自由主義を招き入れた政党であり、新自由主義の侵食はSPD以上に激しく、献金を通して産業に支配されていると言っても過言でなかった。
特に原発では、1998年の電力自由化により市場が4大巨大企業によって独占され、電力料金が2倍以上に跳ね上がって行き、原発が企業のドル箱となったことから、2000年の脱原発を実質的に無効にする原発運転期間28年間延長法案を、選挙大勝利後優先課題として掲げたのであった。
これに真向から異議を唱えたのは公共放送ZDFであり、『大いなるこけおどしー原発政策の間違い』フィルムを製作し、ジャーナリズムの中立性を越えて延長反対を訴えた(注1動画)。
それは、公共放送ZDFが新自由主義という魔物が生み出す原発延長を見過ごせば、ドイツは戦前と同じ過ちを繰り返すという危機感からであった。
すなわち公共放送ZDFは国家(政府)に奉仕するのではなく、国民に奉仕する戦後の原点に返ろうとした。
ZDFフイルムでは、原発に関与する政府各機関の現役局長や元局長が自らフィルムに出演し、原発運転期間延長がいかに危険であるかを主張した。
またフィルムでは、バーデンヴュルテンブルグ州の廃止期限を迎えた古い原発で州政府も関与して電力生産を抑え、電力不足を理由に延長を画策した「影の計画」を暴露した。
さらに、政治家たちがロビーイストの指導で巧みに力説した、「再生エネルギー社会への架け橋として、一時的に原発運転期間延長は不可欠である」という嘘を現場の検証で論破した。
具体的には、シュットガルト市の80万人分の再生エネルギーを補う天然ガスタービンプロジェクト計画が、原発運転期間延長で暗礁に乗り上げている実態を描き出していた。
すなわち原発1基の稼動で24時間絶えず100万Kwほどの電力を生産することから、再生エネルギーを補う用途は全くなく、原発稼動が再生エネルギー振興の最大の障害であることを浮き彫りにした。
こうしたZDFの訴えもあって、国民世論の7割ほどが原発運転期間延長に反対するにもかかわらず、メルケル政権は2010年9月延長期間を12年に短縮して強行した。
強行した理由は、政治が献金を通して産業側に支配されているからである。
これに対してドイツの国民はCDU支持者の一部さえも怒り、2010年末の世論調査では長年CDUの牙城であるバーデンヴュルテンベルグ州の選挙で、緑の党州知事誕生を予測していた。
そうした世論調査の予測は2011年になっても変わらず、メルケル政権への批判が高まるなかで、3月11日に福島原発事故が起きた。
機転が利くメルケルは、緑の党州知事誕生の敗北を受けて、これまでの政権方針とは180度転換して脱原発を決意し、ドイツの安全なエネルギー供給に関する倫理委員会を設け、議論をテレビ中継で公開し、ドイツの脱原発を倫理的に方向付けることで宣言した。
特筆すべきは、倫理委員会の17人の委員は原子力ムラに関与する専門家たちを排除し、与野党の見識者、倫理学者やリスク管理の専門家、そして消費者を代弁する人たちで構成し、脱原発前提の公正な議論を国民にガラス張りに開いてなされたことだ。
倫理委員会の5月末に提出した報告書では、原発はどのように安全性が求められても事故は起こり得る、他のエネルギー選択に較べ比較にならないほど恐ろしく危険、再生エネルギーによるエネルギー転換は可能、そして段階的脱原発による再生エネルギー選択が将来の経済に大きなチャンスをつくるという、世界に未来への希望を放つ結論に達した。
そしてメルケル首相の脱原発宣言は、まさにドイツの原発における新自由主義克服を世界に轟かした。
また金融においても、2008年の金融デフォルト以降もギリシャポルトガル、スペインなどの金融危機が連鎖して行き、毎年のようにEUの救済基金が作られ、欧州中央銀行がその債券を購入し、最も多くドイツが支払うという悪循環が続いていることから、ギャンブル資本主義に目覚めたドイツ市民の怒りは頂点に達した。
そのため2012年6月の連邦議会では、与野党の圧倒的賛成でEUでの金融投機税導入を決議し、2013年2月のEU理事会でも決議し、2014年1月からEU11ヶ国で実施を予定している。
これは金融危機を防止するだけでなく、競争原理最優先の2000年のリスボン戦略の見直しであり、EU理念の連帯の復活でもある。
すなわち予定される4兆円を超える財源で、市場経済で生み出される弱国の発展支援が優先され、将来的には平等なEU市民の豊かさが求められている。
この理念は少なくとも1997年の京都議定書まではEUの目標計画であり、議定書でのEU二酸化炭素削減が産業発展国ドイツやデンマークなどの25パーセント削減で担われ、逆にギリシャ30パーセントやポルトガル40パーセントの増大が明記されている。

すなわち2008年のドイツ金融デフォルトの涙は、新自由主義克服に始動するだけでなく、2050年の再生可能エネルギーだけの希望ある未来社会、そして将来的にはEU市民、さらには世界市民の平等な豊かさに向けた原動力となっているのだ。


(注1)ドイツの脱原発を実現したZDFフィルム『原発政策の間違い』(日本語字幕付)
http://d.hatena.ne.jp/msehi/20120428/1335645334