(165)ハネケ映画を通して現代を考える(13)セブンス・コンチネント中編・・・矢川澄子さんの第七大陸への決意

この『セブンス・コンチネント(第七大陸)』でのアンナは、最後の晩餐の際これまでになかった夫の和んだ表情や娘の微笑む表情の中で、控えめであるが明るい表情で輝いていた。
しかし水槽を壊した時アンナは第七大陸が幻想であることを悟り、娘を薬で死なせた時絶望視し、娘を死なせた責任から多量の薬を飲んで苦しみながら死んでいった。
この水槽を壊してからのストーリーはフィクションであるが、実際に起きた家族心中に対するハネケの到達した結論でもある。
しかし現実は必ずしもそうでないように思う。
何故なら私自身、直向きな翻訳家であり、不滅の少女と言われた詩人矢川澄子さんの2002年5月28日縊死を身近に接して、第七大陸の存在を確信するからである。
矢川さんを知ったのは黒姫高原に童話館リゾート開発が持ち上がった1990年頃からであり、矢川さんは童話を見世物にし、自然を破壊するリゾート開発に誰にも増して純粋に反対されていた。
童話館リゾート開発は、売り物としてミハエル・エンデと北欧童話の山室静を掲げていたことから、矢川さんは親交のある二人に開発反対を求める長い手紙を書いたが(返信を私にも見せられたが)、エンデは数年来の信濃町からの訪問で契約が成立していることから、山室静は二階に資料館ができることから断ってきた。
そうした経緯で開発が決行されると、矢川さんは自らを木に縛りつけても反対しようとされたが無駄であった。
その後も矢川さんの山荘が私の田畑の途中にあることから時々立ち寄り、翼賛社会に向けて再び走り出した官僚支配から、趣味のオペラや映画についても話したものだった。
前夫の澁澤龍彦については私には一言も話さなかったが、心で結ばれている谷川雁のところへは二度ほど案内してくれ、矢川さんの尽くされている思いが伝わってきた。
谷川雁は世間で言われているようにダンディな印象を受けたが、痛風で足が痛むにもかかわらず、子供たちに宮沢賢治『月夜のでんしんばしら』の劇で大声を張り上げて指導されておられ、その真剣さから人間性が溢れだしていた。

しかしその谷川雁も、1995年に71歳で他界した。
そして矢川さんが71歳になった2002年3月末に届いた葉書には、これまで一度も見せたことのない弱気なことが書かれていた。
4月の初めに矢川さんの山荘を訪ねて見ると、これまでどのような時にも相手への気遣いを忘れない人であったが、何を話しても沈んだ表情で黙って聞くだけであった。
それゆえ失礼することを申し出ると、最近従兄弟と東北の岩盤塩温泉に出かけた際湯治客の多いことに驚いたことを話され、「どうして人間はあんなにも、生に執着するのでしょうね」と言われた言葉が耳に残った。
そのためその後何度かお訪ねしたが、その後は普段の矢川さんに戻り、5月に入るとむしろ輝きさえ感じられた。
そして決行の一週間前、5月21日に数株のルピナスを持って行った際は、長年愛されていた野鳥や野草に殆ど関心を示されなかったが、これまで見たこともないほど清々しい至福の明るい表情で眩しいほど輝いていた。
そして28日の決行当日午前10時頃、偶然にも矢川さんが国道の郵便局へ歩いて行くところに出会った。
私は車を脇に止め、急ぎの用事があったため車中から挨拶したが、矢川さんは全く気づかず前だけを向いて颯爽と通り過ぎて行かれた。
その際親族への遺書の投函のためとは夢にも思わなかったが、シルバーの衣装が鮮やかで、表情には1週間前の至福さと同時に、後から思えば固い決意が感じられた。
そして矢川澄子は帰宅後、少なくとも1週間前からの決意を決行した。
(5月29日朝宅配便配達者によって縊死が発見された)
それはハネケが描く第七大陸とは異なり、間違いなく矢川さんは第七大陸に向かった事を確信するものであった。


アールターグドイツ13・ドイツが創る未来への希望4・・・近未来のドイツ政権


それでもドイツのエネルギー転換は進む

今回のドイツの連立政権協議は社会民主党SPDが2005年の大連立失敗の反省から膠着しているが、たとえ年内に決着しなくとも最終的には大連立政権が誕生することは殆ど間違いないことである。
何故ならSPDの背後には、シュタインブリュックの89回の企業支援講演会が示すように産業側が付いているからである。
それが今回のメルケルの圧倒的人気の選挙でも、中道左派SPD緑の党、そして左派のリンケが合わせて過半数を取ったにもかかわらず、赤―赤―緑の連立政権が誕生しない理由である。
既に選挙戦ではシュタインブリュックだけでなく、SPD党首のシグマー・ガブリエルまでもが、98年までSPDの党首として社民主義の社会公正を長年追求してきたオスカー・ラフォンテーヌを総括して(新自由主義を追求したシュレーダーとの対立から離党を余儀なくされ、結果的に2005年にリンケに加わったことの総括)、間違った信奉者と批判していたことから、投票前から赤―赤―緑の連立政権のないことが明白であった。
しかしドイツでは2011年の脱原発を契機として確実に脱新自由主義に向けて動き出しており、個人的には脱新自由主義を求めるメルケルへの信頼と人気がなければ、キリスト教民主同盟自由民主党同様に大敗していたことは、2012年5月までの州選挙の連敗から見ても間違いのない事実である。
そうした背景には、最早メデイアや官僚もひと握りの人たちだけに恩恵をもたらす新自由主義に批判的であり、社会公正を求めていることにある。

今回上に載せたZDF『電気料金のトリック・誰が支払うべきか?3−2』(それでもエネルギー転換は進む)では、地域で創る小さな風力発電企業の電力が助成金を1セントも受けていないにもかかわらず、再生可能エネルギーの急速な発展で最早巨大電力企業RWEの電気料金より遥かに安く、10年間価格保証をしていた。
すなわちそれは、エネルギー転換による地域分散社会では、小さな地域企業の方が巨大中央企業よりも有利なことを物語っている(それはこのZDFフィルムの“エネルギー転換はラジカルに変化する”最終回3−3を見ればより鮮明にわかるだろう)。
同時に地域分散へと向かう社会では、現在の新自由主義に迎合する社会民主党が支持層の激減で成り立たないことを物語っており、2017年のメルケルなきドイツの連邦選挙では、産業構造のラジカルな変化同様に、国民最優先の政権にラジカルに変化することを予感させている。