(297)世界の官僚奉仕を求めて第7回官僚奉仕の切札は太陽(2)(『EUのロビー支配される理由』)

フィルムはZDFが2014年5月21日に放映した『自由貿易TTIP)の秘密』の一部であり、EU市民監視団体(CEO注1)の専門家ピア・エアハルトがEUがロビー支配される仕組みを説明しています。
すなわちブリュッセルでは各テーマごとに年間130ほどの巨大企業や企業連盟主催の会議が開催され、そこに集まった政治家、官僚、そして多くのロビイストによって政策の根回しとも言うべき議論が公然となされています。
それは、緑の党EU議員が指摘するようにEU議会の最終日には議員を必要としないほど、ロビー支配によって議決されることを物語っています。
しかしそのようなロビー支配にもかかわらず、大西洋自由貿易協定(TTIP)が現在に至っても締結できない理由は、ドイツが強固に反対しているからに他ならず、推進派であったフランスも同調してきているからです。
事実8月29日のシュピーゲルオンラインでは経済エネルギー大臣シグマール・ガブリエルが「TTIPは実質的に失敗した」と述べています。
それは「官僚奉仕の切札は太陽(1)」で述べたように、戦後のドイツが司法を行政から完全に独立させ、60年代初めから70年代にかけてのドイツの革命的民主主義が構築されて行き、過ちがあれば官僚一人一人の責任が問われることに根ざしています。
もっとも目先の利益追求を最優先するグローバルな多国籍企業は、1990年のドイツ統合の際旧東ドイツの莫大な財産を求めて上陸し、刑法108e条項を改正するように働きかけ、議決に関与する便宜だけを有罪に変更することで(それまでは全ての便宜)政治汚職を殆ど合法化し、連邦議会ロビイストにフリーパスで開放させています。
その結果は、最初そのようなロビー支配に反対して誕生したシュレーダー政権が連邦議会に溢れるロビイストに絡め取られて行き、市民のためではなく、企業のための「アジェンダ2010」行動計画(競争原理最優先の新自由主義政策)の断行でした。
しかしドイツの官僚奉仕は行政訴訟で厳しく責任が問われことから、そうした中でもしっかり機能し、例えば2007年の連邦環境省放射線防御局(BfS)の常識を覆す報道に見られるように、1980年から2003年にわたる16の原発周辺半径5キロメートル以内の低線量被ばく地域の疫学調査で、5歳以下の子供の白血病や癌の罹患率原発のない地域に比べ小児癌で約60パーセント、白血病で約100パーセント高いことを公表しています。
また政治のロビー支配による原発運転期間28年延長草案に対しては、原発に責任ある官僚たちがZDF制作の『大いなるこけおどし・原発政策の間違い』に自ら出演し、その危険性と間違いを指摘しました。
もっともロビー支配された政治は原発運転期間延長期間を12年間に短縮して強行採決しますが、市民の怒りは収まらず、メルケル政権の与党キリスト教民主同盟は2011年3月の世界に象徴的なバーデン・ヴュルテンベルク州の惨敗だけでなく、2月のハンブルク州、3月のザクセン・アンハルト州、ラインラント・プファルツ州、そして5月のブレーメン州で全敗し、党存続の危機感からもメルケル脱原発宣言に至った訳です。
しかしその後も9月のメクレンブルク・フォアポンメルン州、ベルリン州選挙でも負け続け、翌年2012年2月のザールラント州、3月のシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州、及び5月のノルトライン・ヴェストファレン州選挙でも敗退し(2009年の連邦選挙大勝利後全ての州選挙での記録的全敗)、もはやメルケル政権の維持さえできないほど追い込まれて行きました。
それは官僚奉仕が徹底される社会では、原発政策だけでなくロビー支配による競争原理を優先する教育政策、福祉政策、財政政策によって多くのドイツ市民が益々困窮していく事実が、(ドイツの州銀行を実質的に破綻させた)2008年の世界金融危機以降メディアによって堰を切ったように明らかにされることで、選挙では勝てなくなって行ったからです。
こうしたなかでメルケル政権が出したのは、ロビー支配からの決別(一線を画する)とも言える2012年の党大会でアデナウアーの「万人のしあわせ」への回帰宣言でした。
すなわち競争と平等の両立を求め、強者を支援する競争原理最優先の市場経済から弱者を支援する社会的市場経済の再生であり、打ち出された10項目全てで弱者への連帯と支援が掲げられていました。
しかもメルケル首相はその方針転換を自ら先頭に立って誠心誠意取り組んだことから、2013年9月の連邦選挙では前年の予想に反してメルケル政権の与党が勝利したと言えるでしょう(結局国民のために政権安定が優先され、社会民主党との大連立政権が誕生しました)。
それゆえシュレーダーの流れを受け継ぐ社会民主党のガブリエルも、ドイツ社会が競争原理を最優先する新自由主義に批判的で、メディアもガラス張りに開こうと機能するなかでは、企業利益より市民利益を優先せざるを得ず、2013年から始まったTTIP協議では、食品安全法規、環境法規、金融規制など様々な分野で市民利益を損なうとして反対しており、そのように市民の利益、さらには国家の利益より多国籍企業の利益を優先する自由貿易協定では締結できないと、自ら最後通告していると言えるでしょう。

冒頭フィルムのEU市民監視団体(CEO)は、「TTIPが民主主義と規制を改変する攻撃」であるとして、締結を求めるEU委員会の出した「規制協力」提言を健康、環境、社会福祉守る規制、そして民主主義に対して脅威であると声明を出しています。
またロビー支配されているEUに対しても直近の声明(2016年9月6日)では、EUの透明性と倫理規定の決議を求めています。
それは現在のEUを運営している政治家、官僚一人一人の責任を求めることであり、ドイツの戦後の官僚制度の大転換に見られるようにEU官僚の行政記録を透明化し(すなはち太陽にかざすことで)、現在のEU官僚支配からEU市民への官僚奉仕へと変えるものです。
EU官僚とは、EU行政を構成する縦割り方式の農業農村開発総局やエネルギー総局などの25の総局と欧州政策諮問部局などの8のサービス部局で働く約3万人の職員を意味しています。
これらの官僚は各国から出向した官僚、もしくは大企業から出向した各分野の専門家からなり、巨大市場の規制権限を持つにもかかわらず大企業との癒着関係は切れておらず、その上官僚の無謬神話に守られています。
すなわちEU官僚たちは行政に一切責任が問われないだけでなく、説明責任さえありません。
それはEUがドイツのかつてのワイマール共和国のように理想に基づいて創られたものであり、限りなく理想と信頼の上に構築されており、現在のような競争原理が最優先される世界では理想の現実は不可能と言わざるを得ません。
すなわちEUに集う政治家はロビー支配され、日本同様に縦割り式の各々の局の官僚たちに丸投げされるからです。
そこではEUの理念なき肥大に伴い官僚組織も肥大し、官僚支配が形成され、自ずとEU市民の利益よりモンスター化したEUの経済利益だけが追求されるからです。