(376)メルケル時代の終りから見えてくる世界(5)保守から社会民主に転換させた信条・違憲審査法廷創設の必要な理由(5)大洪水から学ばなくてはならないこと(自然形成による河川復元)

違憲審査法廷創設(5)・台風19号が投げかけた恐ろしい未来 

今回の台風19号よる大洪水で台風進路にある殆どの河川が氾濫し、71河川で決壊した。
その被害は夥しく、6万8000件の住宅が全半壊しただけでなく、避難を数日前から呼びかけ厳重警戒していたにもかかわらず、100名近い犠牲者が出た。
それは私自身が名古屋で体験した犠牲者5000名の伊勢湾台風からすれば、取り立てて書くことでもないだろう。
しかし今回の台風で問われていることは、防波堤や堤防の強化では最早対処できない未来の災害であり、今回の洪水災害で言えば堤防建設自体が大災害の原因にもなりかねない、地球温暖化進行による気候変動である。
すなわち深さ50メートルにも渡る海面温度上昇による水蒸気発生で、台風が多発するだけでなく、益々巨大化していくことが明らかとなって来たからだ。
そのように多量の水蒸気巻き込み、豪雨強風化していく巨大台風が頻発して到来するようになれば、最早100年に一度の自然災害を想定して築き上げてきた防波堤、堤防、ダムと言ったコンクリート構造物での克服は難しいだけでなく、防波堤やダムで大量に水を堰き止めたり、河川の直線化と堤防のかさ上げで大量に早く水を下流に流すこと自体が大災害の原因と成りつつある。
こうした地球温暖化の影響を、アルプス氷河の融解で早くから洪水被害受けきたヨーロッパでは、治水対策として自然にまかせる河川復元が、以前から着々と取組まれている。
私が今思い出すのは、市民電力会社創設のシェーナウで知り合った農業省の役人が(役人といってもひたすら市民奉仕に努め、私の妙高の自宅まで訪れてくるほどの市民であるが)、バードザッキンゲン市で治水対策も手がけていたことから、あちこち河川現場に連れて行き、ドイツの洪水対策では遊水池や広大な氾濫原(湿原緑地や耕作地)をつくり出すことで、自然形成の河川復元へと変わりつつあることを説明してくれたことである。
ドイツでは河川氾濫は毎年日常茶飯時であり、洪水による街の浸水も決して少なくない。
しかし洪水での浸水も想定し、たとえ床上浸水しても地下室に水が入らないように配慮し、洪水で死者がでることは殆どなく、被害も最小限にするのがドイツである。
しかも浸水した地域は「浸水地域」指定で新たな住宅建設が規制され、6年ごとの浸水地域指定の更新で継続されて行けば、街自体が自然に消えて行き、氾濫原をなくす仕組みが作られている。
もっとも現在の日本のコンクリート構造物による堤防、ダムなどの近代治水対策を教えたのはドイツであるが、戦後の官僚支配から官僚奉仕の流れを受けて、いち早く市民の安全性と利益を優先し、洪水を想定した自然形成による河川復元に努めているのもドイツである。
もちろんそのような自然にまかせるやり方は、日本のような山国では適用されないと異論があり、特に現在のコンクリート構造物で治水対策にあたる人たちの反対は限りなく強く、地球温暖化による洪水激増に対して、生命を守るために堤防のかさ上げ、砂防ダム建設など、さらなるコンクリートによる治水事業拡大が既に叫ばれている。
しかし日本と地形が似ており、19世紀半ばから大地の利用を優先してきたドイツの山岳地域やスイスでの取組を見れば、それは最早限界を越えていることが明らかだろう。
すなわち堤防建設で河川を直線化して、下流に水を早く流すこと自体が洪水頻発と拡大を招き、山からの土砂堆積による河床低下も砂防ダム建設では解消できず、逆にそのような構造物が洪水被害を増強拡大させてきた事実から、現在では多数の遊水池や広い氾濫原を設けるやり方に変化しつつある。
日本においても最早コンクリート構造物で、自然河川を克服するやり方は限界に達しており、洪水を想定した自然な河川復元に転換していかなくてはならない。
すなわち地球温暖化で益々豪雨や巨大台風の洪水被害の激増が予想されるなかで、今回の千曲川阿武隈川の度々氾濫を繰返す地域では新たな住宅建設を規制し、最早堤防のかさ上げに頼らず、多数の遊水池を税制インセンティブで急増させ、将来的には過去から洪水頻発地域は氾濫原にして行くことで、自然形成による河川復元へと転換すべきである。
さらに大都会に言及すれば、今回も日本の山間地に降った雨は下流、そして海に堤防で直線化された河川を通して急激に流れ出たことから、これからの大都会ほど恐ろしい場所はない。
例えば今回の台風19号での大都会東京は、多摩川の世田谷区での氾濫で600件ほどの住宅浸水で大災害にはいたらず、利根川銚子市で水が溢れる一部住宅の浸水で助かったが、もし利根川が決壊していれば既に言われているように、240万人もの住民が被害を受け、長期的に水が引かないこともあり、想像もできない事態が起きていただろう。
さらに今回は被害のなかった荒川でも一時的に氾濫水域を超えていたことから、万一決壊したら250万人もの人が恐ろしい被害に巻き込まれていたのである。
そのような首都崩壊は、ABC放送が世界の著名な専門家の地球温暖化予測に基づいて制作した「地球2100年」を見れば(4年前日本語字幕を付けブログ掲載したが、現実化してきたことから再度上に掲載)、極めて高い確率で起きて来る、恐ろしくも現実的な未来であることが理解できるだろう。
何故なら2018年の国連気候変動政府間パネル(IPCC)の発表では、これまで2100年までを1,5度上昇に抑える目標が、最先端の研究者たちの合意として、早ければ10年後に1,5度上昇の到来を警告するほど激化しているからである。
それゆえ国連グテーレス事務総長は、もはや気候変動ではなく気候危機であると明言し、気候非常事態宣言を世界に発信している。
実際2030年までに1,5度上昇すれば、専門家が指摘するように氷河の融解速度も益々加速し、大量のメタン放出等々で、地球は後戻りできなくなるだろう。
それは「地球2100年」の地球カタストロフではなく、2050年にも到来する地球カタストロフである。
何故ならそのようなスピードで気温上昇が加速して行けば、地球上の氷河は全て溶けだし、それだけで8メートルの海面上昇を起こし、海面の水蒸気を大量に巻き上げた巨大台風が陸地を襲うからである。
そのような想定の前には、どのような強固で高い防波堤、そして河川の防波堤、ダム、砂防ダムも機能しない。
特に東京は江戸川区墨田区と言った海抜ゼロメートル地域が拡がっており、どのように強固で高い高層マンションを建設しても、長期水没は避けられず、「地球2100年」で見るように食料供給ができなくなるだけでなく、伝染病が蔓延することから、東京、日本カタストロフは現在の対策強化では避けられないだろう。
そのような地獄絵が到来する絶望的未来も、科学進歩で自然を克服すると言った近代の高慢さを反省し、自然を真摯に受け入れる選択ができれば、希望に溢れる社会を創造することも可能である。
すなわち短期的には堤防の強化などの従来の方法が必要であるとしても、長期的にはかつて日本人が自然に従ったように、無数の遊水池と湿原によって河川を蛇行させ、洪水は山からの恵みと受け止め、洪水の起きるところに構造物や家を建てないやり方に転換しなくてはならない。
そのような恵み多く安全な場所は、山国日本の至るところの過疎地域に点在しており(注1)、そのような地域での自然エネルギーによるエネルギー自立、食料の本格的地産地消に取り組んで行けば、たとえ2050年に海岸沿いの大都市が消失したとしても、明るい未来が見えて来る筈である。
それは、かつて東京へ、東京へと出て行った者たちの子供たちが故郷へ帰郷して来ることであり、人間が真っ当な暮らしを取り戻すチャンスでもある。
しかしそれを阻むのものは、現在の官僚支配が作る利権構造であり、憲法を守り正すことでのみ崩すことが可能であり、次回最終回ではどのように実現して行けばよいかまとめて見たい。

(注1)現在私の住んでいるところも過疎化で限界集落に近い状態に追い込まれているが、鈴鹿山麓の麓にあるにもかかわらず最も安全な場所であり、有史以来地震や洪水被害がなく、少し前までは自然の恵みで農業と林業を生業としてきた豊かな地域であった。

 

人間メルケル(5)保守から社会民主へ転換させた信条

日本の民主党政権の終わり頃このブログで、メルケルの掲げるCDU綱領は戦後の社会的市場経済復権を求め、ドイツの将来にエコロジー社会民主主義を目標としおり、それはリンケ(左翼党)の描く未来と同じであると指摘したことを思い出す。
私としてはメルケルの政治的変化を述べるというより、日本の民主党がドイツの社会民主党SPD同様に競争原理を優先する新自由主義に呑み込まれ、反省を促したい思いからであった。
それは1990年から2005年までSPD副党首だったヴォルフガング・ティアゼが、メルケル社会民主党のお株を奪ったと皮肉を込めて述べており、明らかにメルケル政権は保守的姿勢を改め、国民に寄り添う社会民主政治に変化した。
その理由は競争原理優先の新自由主義の到来するなかで、格差拡大を容認するCDUの保守姿勢を国民が選挙で見限ったからであり、それをメルケルは本来の信条実現のチャンス到来と判断したからに他ならない。
そしてこのフィルムはメルケルの異常な慎重さについて、ZDFのベティーナ・シャウステンが全てに熟慮を要し、挨拶の返答さえ配慮する神経の使いようを語っている。
しかしそのようなメルケルの異常な神経の使いようは、一つには幼少期から父親が監視されていたことから来るものであり、もう一つの理由は脱原発宣言後新自由主義メディアがメルケルを引きずり降ろそうとするからでもある。
それゆえメルケルが時々公式の場で見せる体の震えは病気というより、本来の信条が果たせない心労から来ているという見方が的を得ているように思える。
すなわち現在の新自由主義追及を代弁する政治家たちのなかでは、メルケルの信条が踏みにじられていくからである。
それでもメルケルは決して諦めず、今年5月にはアメリカの2万人のハーバード大学卒業生を前にして、現在の世界の危機を乗り越えるべく熱弁を振っている(注1参照)。
メルケルはこの講演で、不動の手放すことが出来ない価値に立ち、行動しなければならないことを諭し、国際的連帯で壁を壊し、独裁者をなくし、地球温暖化をストップさせ、飢餓に打ち勝ち、病気を根絶することを、力強く卒業生に呼びかけている。
そして最後に自らの首相職終了後の生き方にも言及し、「唯一明らかなのは、何か別のもので、新しい生き方である」と述べ、退職後の意欲も表明している。

(注1)2019年5月30日のWELTは、「嘘は真実ではなく、真実は嘘ではない」のタイトルでメルケルの情熱溢れる講演を世界に報道している。
https://www.welt.de/politik/ausland/article194478599/Angela-Merkel-in-Harvard-Luegen-nicht-Wahrheit-nennen-und-nicht-Wahrheit-Luegen.html