(401)救済なき世界”をそれでも生きる(23)・コロナ感染拡大で見えて来た世界(1)問われている“グローバル資本主義という市場アナキストのユートピア実現”

グローバル資本主義という市場アナーキストユートピア実現

 

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今回の動画には、ドイツ第一公共放送ARDの『条件なしのベーシックインカムは何をもたらすか?』を載せた。

何故今ベーシックインカムかと言えば、コロナ危機で人の外出が控えられるなかで、それに関与する飲食業から娯楽産業に至るまで大きな痛手を与え、消費が減速することによって益々景気が悪化し、最も弱い人たちに最も大きく影響を与え、メディアが日々報道するように、暮らしに困窮する人たちが溢れだしてきているからだ。

もっともコロナ危機である故にベーシックインカムと言うのではなく、既にグローバル資本主義の欠陥が、格差の拡大から金融危機地球温暖化問題など様々な問題を噴出させており、コロナ危機はそのような欠陥を一層浮き彫りにしているからである。

グローバル資本主義を“市場アナキストユートピア実現”と呼んだんのは、現代のリスク社会を分析、警鐘したウルリッヒ・ベックに他ならない。

ベックが1997年に世に出した『グローバル化社会学グローバリズムの誤謬とグローバル化の応答』(日本語翻訳版2006年)では、グローバル資本主義というトランスナショナル(多国籍)な経済が、国民国家という足枷をはずし、環境規制、労働組合、社会国家、税制規制というあらゆる投資障壁を取除き、最小国家という市場アナーキストユートピアを実現すると述べている。

実際その後の世界では、2001年米同時多発テロ、2008年世界金融危機などの危機を通して、危機の度ごとに障壁が打ち砕かれ、市場アナーキストユートピアが実現したと言っても過言ではない。

それは世界の市民にとって恐怖の実現であり、革命も、国家の法律や憲法改正を伴わず進展して行くのは、4つの原動力を得たからだとベックは指摘している。

すなわち、最も有利な雇用(可能な限りコストと制約の低いところでの雇用)、分業による最も有利なところでの生産、最も安い税金と最も有利なインフラの選択権、そして最裕福層1%の育成環境形成(最も安い納税と最も快適な地への移住)を可能にした力である。

もっともそのような原動力は、ベックが指摘した97年当時ドイツではまだ機能したばかりで、ドイツ市民も“市場アナーキストユートピアが実現する”とは想像していなかった。

しかしドイツの大学では、競争原理求める大学改革の進行するなかでグローバル資本主義が問われ、学生の間ではそれに反対する運動が高まり、98年の連邦選挙に向けてクライマックスに達して行った。

当時のシュピーゲル誌は、そのようにドイツ中に拡がって行く学生運動を特集で連載し、97年49号では政府ボンでの4万人を超える学生デモ行進を、「怒りは絶え間なく増大する」のタイトルで報道していた。

しかしその際の学生運動は、68年のような力による革命を目指すものではなく、大学が競争原理で解体されることを警鐘するだけでなく、社会のあらゆる分野で社会解体が始まっていることを警鐘し、グローバル資本主義の人間の権利解体に抗して、ゾリダリテート(連帯)によるオルタナティブなより良い社会を求めるものであった(そのような声明が、各大学の学生運動本部のホームページには掲げられていた)(注1)。

実際98年10月の連邦議会選挙では、そのような学生運動が市民の大きなうねりを作り出し、グローバル資本主義に反対を掲げる赤(SPD)と緑の党を大勝利させた。

それゆえ誕生した「赤と緑の連立政権」は、すぐさまコール政権で成立したグローバル資本主義の要である企業の自由解雇を可能にする「解雇制限法の緩和」法を撤回し、さらに病欠手当及び年金減額法を廃止した。

そして公約通り原発撤退に向けて電力企業と交渉を始め、さらにはガソリンや電気に課税することで(将来的には環境に負荷を与える全ての物に対して徐々に課税を強化することで)、社会保障費を賄い、環境に優しいより良い社会を創り出そうとするエコロジー税制改革を断行した。

しかし既に4つの原動力を手にしたグローバル資本主義の勢いは、余りにも巨大で強かった。

すなわちドイツ企業は、競争力の強化なしには生き残れない宣告し、シーメンスフォルクスワーゲンといった製造企業だけでなく、ルフトハンザといった航空企業までが、本社を海外へ移すと政府を脅し、グローバル化で恐ろしく強力化されたロビー活動によって誕生一年後の「赤と緑」政府は、グローバル資本主義を推進するまでに変化していた。

それは、自由解雇法案を元に戻すと行った手ぬるいものではなく、世界で一番豊かなドイツ労働者の権利を根こそぎ奪うだけでなく、職の見つからない専門職労働者を暮らしに困窮する生活保護者へ転落させるほど過酷なものであった。

具体的にはそれまでの失業保険給付期間32か月から12か月へ削減するだけでなく、専門職者も雇用局(ジョブセンター)から紹介される意に反する職を拒否できなくなった。

そして2005年の恐怖の労働法と称されるハルツ第4法では、職の見つからない者は、失業扶助と社会扶助(生活保護)の統合で実質的に生活保護者に転落し、しかもその低い給付をもらうために、当局の厳しい審査で屈辱感を味わなければならなかった。

 

(注1)当時のドイツの学生運動については、ゴルフ場開発後私が書かずにはいられなかった『アルタナティーフな選択・ドイツ社会の分かち合い原理による日本再生論』参照。

 

何故ドイツでグローバル資本主義が克服されたか?

 

確かにそれでドイツの国際競争力は独り勝ちと言われるほど強化され、巨大企業の収益は天井知らずに肥大化した。

しかし益々競争が激化し、夥しい数のドイツの伝統産業や老舗の百貨店が倒産し、市民の暮らしは益々悪化して行った。

そして2008年の世界金融危機では、いち早く銀行は救済されたが、市民が将来のために投資したお金は返って来なかった。

この金融危機を契機に、ドイツではグローバル資本主義カジノ資本主義、或はキャラバン資本主義と呼ぶようになり、殆どのドイツメディアがグローバル資本主義に対し批判に転じた。

そのようなメディアの転換もあって、ドイツ市民はグローバル資本主義がどれ程ドイツ企業に利益をもたらしても、市民の暮らしは豊かにならず、競争原理優先の下では心まで荒ぶことを学んだ。

それ故グローバル資本主義を推進して来たメルケル政権は、2009年の連邦選挙以降は州選挙で勝てなくなり、2012年まで全敗が続いた。

そうした州選挙全敗を受けて、2012年キリスト教民主同盟の党大会では、アデナウアーの「万人のしあわせ」への回帰が決議され、メルケルの弱者を支える社会的市場経済回帰宣言がなされた。

それは少なくともドイツ市民のなかで、グローバル資本主義の克服を象徴するものであった(もっともグローバル資本主義の中で競うドイツ産業は、国内では市民に寄り添い抑えているが、本質的には何も変わっていない)。

例えばそれは、グローバル資本主義の進展にともない大学授業料の有料化がバイエルン州、バーデン・ヴェルテンベルク州、ザクセン・アンハルト州・ザクセン州で2006年より開始され、それを手始めに全ての州で有料化に向けて動き出していたが、キリスト教民主同盟が敗北した全ての州選挙で大学授業料導入が否定され、2015年には再び幼稚園から大学、そして職業学校いたるまでの無料教育を取り戻したのであった。

そのようにドイツでグローバル資本主義が克服できたのは、戦後行政訴訟のハードルを限りなく低くすることで、戦前の無謬神話の行政に責任を求め、官僚支配から官僚奉仕転じさせ、国民一人一人の幸せ(万人の幸せ)を追求してきたからに他ならない。

すなわち民主主義の理念に従い、審議会やあらゆる専門家会議の委員を国民、もしくは州民の選挙での各政党の得票数に比例して選出し、ガラス張りに開いてきたからである。

しかも戦う民主主義を表明する2つの公共放送に加えて、市民のシンクタンクとも言うべきベルリン経済研究所など様々な分野の機関が公正な情報を提供することで、絶えず国民議論を喚起し、ドイツ市民の間に倫理的民主主義を育成して来たからだと言えよう。

 

 何故世界では、コロナ危機でもグローバル資本主義が激化するのか?

 

 コロナ危機でグローバル経済にブレーキがかかり、世界の成長率が大きくマイナスに転ずるなかで(2020年4月~6月GDP ユーロ -39.4%、米国-31.7%、日本-28.1%)、ITの4つの巨大企業GAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾン)の2020年4月~6月純利益は合わせて日本円で3兆円にも上り、益々富の集中が加速されている(9月27日NHKスペシャルパンデミック 激動の世界3 ▽岐路に立つグローバル資本主義』で放送)。

さらに10月1日に放送されたNHKクローズアップ現代+コロナ禍なのになぜ購入? 追跡!都心の不動産売買」では、世界の巨大投機マネーがコロナ危機が欧米に比べ軽傷な日本の東京都心に集中し、その影響で都心湾岸エリアの築13年の2LDKが分譲価格4500万円から8100万円へと高騰させていた(注2)。

それはまさにギリシャ危機などでも見られたように、危機を利用して肥大化して行くグローバル資本主義の正体であり、コロナ危機でも投機を益々肥大化させて行く。

すなわちグローバル資本主義の絶えざる発展とは、弱肉強食の競争社会を激化させて行くことに他ならないからである。

 

何故コロナ危機の今、ベーシックインカムが必要なのか?

 

コロナ禍で日本が欧米に比較してパンデミックが軽微であることから、世界の巨大投機マネーが東京都心に集中し、100億円規模の不動産物件がターゲットとなり、その売買によって巨額の富を得る人がいる(注2)。

その反面、コロナ禍で収入減少によってマイホームローンが払えなくなり、売却せざるを得ない人たちが増えている(注3)。

さらに悲惨なのは職を失った人たちで、居場所を失い車中泊を余儀なくされている(注4)。

そのような過酷な人たちにも、行政は様々な理由を付けて緊急には対応しない。

まさに困窮者の命を見捨てる、非情な社会と言っても過言ではない。

そのような非常な社会では、多くの市民が困窮者を見捨てない社会を希求しても、競争原理最優先の社会ではその実現は難しい。

競争原理優先の新自由主義の生みの親ミルトン・フリードマンさえ、そのような社会では負の所得税ベーシックインカム)が必要であると提唱している。

ベーシックインカムが条件なしであることが求められるのは、膨大な行政の査定作業なしで誰一人困窮者を見捨てないことを可能にするからである。

確かに裕福者には必要でないお金であるが、裕福者がたとえ申請して受け取ったとしても、どのみち課税で同じことであり、それは反対理由にならない筈だ。

一人一人の最低限の生活を保障するベーシックインカム導入は、誰一人困窮者を見捨てない社会を実現するだけでなく、競争原理支配のぎすぎすした社会を和らげ、誰もが幸せになる社会創造のチャンスを生み出す。

何故なら大部分の人の職業は、必ずしもやりたい仕事や社会貢献として使命感の持てる仕事ではなく、暮らしに必要なお金を稼ぐためであり、ベーシックインカムが実現すれば仕事の選択でも大きな変化をもたらすからである。

確かに財源は莫大であるが、現在年間120兆円を超える生活保障費を土台にして考えれば(もし全てを充てることができれば、全ての国民一人一人に毎月8万円を支払うベーシックインカムが実現する)、決して難しいものではない。

実際国民一人一人が暮らしに困らなければ、介護や看取りも昔のように家庭へと移行し、医療なども原則利用者負担が可能となり、行政や仲介を必要としない、身内や市民ボランティアで助け合う社会への転換チャンスにもなろう。

本来ならば人間の労働が少なくなる現代社会は豊かな社会であり、ベックが「大量失業と貧困は、敗北ではなく、現代の労働社会の勝利の表明です。何故なら仕事は生産力が益々高まるため、何倍もの成果達成の仕事さえ、益々人間を必要としなくなっているからです。(ベーシックインカムで)貧困がなくなることは、歴史的に長く信頼を失ってきた完全雇用哲学の裏面です」と言うように、ベーシックインカムの導入は人類の勝利を歓喜する時代の始まりである。

すなわちベーシックインカムが実現すれば、ベックの強調する「より良い善を為す生き方を可能にする」だけでなく、社会全体がより良い善を為す時代の始まりでもある。

 

 (注2)コロナ禍なのになぜ購入? 追跡!都心の不動産売買(クローズアップ現代+10月1日)

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4465/

 

(注3)まさか、家を失うとは… ~広がる 住居喪失クライシス~(クローズアップ現代+6月3日)

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4424/index.html

 

(注4)“行き場がない”すぐそばにいる『Aさん』の危機(クローズアップ現代+6月12日)

https://www.nhk.or.jp/gendai/kiji/188/index.html

“新たな日常”取り残される女性たち(クローズアップ現代+6月9日)

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4426/index.html