(444)民主主義は世界を救えるか(4)自助経済が世界を救う

ユートピアではない希望社会の実現

 

 今回のフィルムでは、バーデン・ビュルテンベルク州のエスリンゲン市の「石油とガス無し」の暮らしとデンマークのザムソ(サムソス)島のエネルギー自立の暮らしが描かれている。

 サムソス島のアカデミー所員ミハエル・クリステンセンは、デンマークの2030年のガソリンとディーゼル車販売停止までに、島の所有自動車を全て電気自動車に変えたいと計画し、「私たちはここで育ち、ここの学校に通い、何年も長くお互いを知っており、とても素敵です。人々はお互いを知り、お互いを信頼しており、住むのに、そして子供たちが成長するのに良い場所です」と希望が現実化している現状を語っている。

 それはサムソン島の仲間が1997年より石油とガスに依存しない自立社会を求め、同じ方向を向き、島を離れることなく暮らしてきたことを物語っており、まさにユートピアではない希望社会の実現である。

 ドイツの「石油とガス無し」の決意は、ロシア依存が最早できない状況であることから、化石燃料エネルギーから再生可能エネルギーのエネルギー転換を最大限加速するものであり、新しい自立社会が見えてきている。

 何故なら再生可能エネルギーは分散型技術であり、地域での必要量生産が集中型の大量生産による送電よりも、経済的に著しく有利であるからだ。

 それは、2000年の再生可能エネルギー法(EEG)成立でドイツの再生可能エネルギーを飛躍的に発展させたのは地域の市民エネルギー協同組合であり、ドイツの巨大電力企業は2011年の脱原発まで全く貢献することのなかった事実が物語っている。

 まさにそれは、分散型技術の拡大が巨大企業に不向きであるからに他ならない。

 しかし2011年メルケル脱原発で、巨大電力企業の将来の展望が描けず株価暴落で危機に陥ると、巨大電力企業を救済するため2014年にEEG法を改正し、再生可能エネルギーの主役は巨大電力企業になるように、そして市民エネルギー協同組合の存続が難しくなるよう取り計った。

そのようなEEG改正で、その後のエネルギー転換にブレーキがかかったことからも、再生可能エネルギーの担い手は巨大電力企業ではなく、地域の市民エネルギー協同組合であることは明らかである。

 それ故今回の差し迫った「石油とガス無し」の決意の実現では、根本的なEEG法改正によって再び地域の市民エネルギー協同組合を飛躍的に拡げ、2030年までに少なくともエネルギーの80%以上を再生可能エネルギーになるようにすることが求められている。

 市民エネルギー協同組合が過去に飛躍的に拡がっていた2013年、ドイツ第二公共放送ZDFは「エネルギー転換の将来」を描き(注1)、そのフィルムではエネルギー転換の第一人者ウベ・レプリヒ教授(Uwe Leprich)が将来を展望し、「エネルギー転換は絶えず勝者と敗者を持ち、敗者は石炭や原発の巨大電力であり、巨大電力はこれまで非常に恵まれた役を演じて来たが、漸次その役を失っていく」と述べていた。

すなわち再生可能エネルギーは、巨大電力が洋上風力発電で大量の電力を製造し、高圧線を張り巡らしてドイツ全土に輸送するより、太陽光、風力、バイオマスといった地域の分散技術で製造した方が経済的に圧倒的有利であるばかりか、地域市民に奉仕することから、将来的勝敗は明らかである。

 そして地域での分散技術が勝利するとき、再生可能エネルギーを製造する市民エネルギー協同組合だけでなく、究極的には企業は地域の多様な協同組合形態へと転換されよう。

何故なら、地域でのエネルギー自立は地域での生活必需品の自給自足へと向かい、地域市民の奉仕が最優先されるからである。

 そのような地域での自給自足の経済は、他者の地域に頼らず、自分たちの地域だけで経済を完結することから、自助経済と呼び得るものである。

そこでの自助は、補完性の原理を遥かに超え、自分たちを自ら救済することが世界を救うことになる筈である。

(注1)ドイツから学ぼう(168)参照

   https://msehi.hatenadiary.org/entry/20131101/1383303925

 

自助経済が世界を救う

 本来経済は、地域に生きるひとりひとりが幸せになる営みであるべきである。しかし現在のグローバル資本主義経済は、ピケティが指摘するように、発展すればするほど格差や不平等を肥大化させ、人間の自由と平等を尊重する民主主義に深刻な脅威を与え、民主主義を壊し、人間を不幸せにしている。

 しかし地域のエネルギー自立で自給自足が為される自助経済の社会は、地域の発展成長は太陽光エネルギーに依っていることから(風力もバイオマスも太陽光に含まれる)、持続可能というより将来的に無尽蔵であり、他国での獲得を不要とする。

 それは、現在のウクライナ戦争に見るように無益で残忍な殺戮を伴う戦争を本質的に無くすだけでなく、気候正義、社会正義を実現するものである。

 もっともドイツが「石油とガス無し」の決意を宣言したからと言って、現在のグローバル資本主義経済を否定しているわけではなく、まして地域の自助経済という考えは全くないであろう。

 しかし「石油とガス無し」を実現する過程で、グリーンニューディールのような成長と抑制のグローバル資本主義の枠組では成し遂げることができないことから、今回のEEG法改正では自ずと地域市民によるエネルギー転換へ向かっている。

 それは国民奉仕が最優先されるからであり、戦後ドイツが議会民主主義の多数決で独裁化を許したナチズムの反省から、基本法作成では「国家は国民(人間)のためにあるのであって、国民は国家のためにあるのではない(Der Staat ist um des Menschen willen da, nicht der Mensch um des Staates willen.)」が最優先とされ、第一条から第二〇条までを議会の多数決では変えられない不可侵としたことに依っている。

すなわち第一条「人間の尊厳は不可侵である」から始まり、第二条「人格と人身の自由」、第三条「法の前での全ての人の平等」、第四条「信仰、良心、告白の自由」、第五条「表現の自由」、第六条「婚姻、家族、非嫡子の国の保護義務」、第七条「学校制度」、第八条「集会の自由」、第九条「結社の自由」、第一〇条「通信の秘密」、第一一条「移動の自由」、……第一六条「迫害されている者の庇護権」、……第二〇条「抵抗権」に至る二〇条の人間のための基本原則を不可侵としている。

そして「国家は国民のためにある」を、国益優先の新自由主義の激しい波にされるなかでも、絶えずドイツの民主主義を進化させて守り、国民への奉仕を優先させて来たからである。

 そのようなドイツでは、2008年以降は反新自由主義の視点に立ち、利益最優先のグローバル資本主義を様々に規制して国民奉仕を求めている。

それは地域に暮らす市民ひとりひとりが幸せに暮らすことを優先しており、必ずや分散技術による地域市民のエネルギー転換を実現しよう。

 そのようなドイツのエネルギー転換は、世界のすべての地域に自助経済を確立し、戦争のない世界、気候正義、社会正義が実現される世界を創り出すであろう。

 もっともドイツの巨大企業は、官僚奉仕だけでなくメディア、司法、政治が国民への奉仕を優先させるなかで強かであり、利益最優先で法さえ巧みに潜り抜けており、それに至る道は険しい。

 例えば今回のロシアからの石油とガス禁輸の危惧を受けて、ウクライナ戦争が長期化するなかで、ガソリンやディーゼル油が高騰したことを受けて、ドイツ政府は6月1日からガソリン税を1リットルあたり29.55セント(ディーゼル税14.04セント)引き下げた。それによって直後は顕著に下落したが、すぐさま再び毎日価格が上昇している。そのような上昇は原油価格は下がっていることから、石油企業が危機に便乗して利益をあげていることは明らかである(惨事便乗型資本主義)。

 ハーベック経済相は6月12日独占禁止法強化計画について述べ、カルテルなどの市場濫用の証拠がなくても、政府介入によって便乗利益を徴集できるようにすることを明言している。

 しかし既に惨事便乗型資本主義が世界の慣習とさえなっている世界情勢のなかで、ドイツだけそのような独占禁止法強化は極めて難しいと言えるだろう。

 それでも地域のエネルギー自立が進む2030年頃には状況は大きく変化し、「自助経済が世界を救う」展望が必ず見えてこよう。

確かに巨大企業の世界支配を崩すのは容易ではないが、人々が希望を捨てずに追い求めそこまで達すれば、必ず道が開かれると確信する。

次回からは、道を開くべく筋道を通して、例えば為替相場がなくなる日などについて述べて行きたい。

 

尚3月に出した『2044年大転換・ドイツの絶えず進化する民主主義に学ぶ文明救済論』は、どのようにして「自助経済が世界を救う」を実現していくか書いたものである。

 

 

『2044年大転換』出版のお知らせ

 

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目次

 

はじめに  1

 

序章  たたき台としての救済テーゼ 11

コロナ感染症が問う社会正義 13

「悪魔のひき臼」が文明を滅ぼして行く 17

人新生の希望ある未來はドイツから開かれる 20 

 

第一章 二〇四四年大転換未来シナリオ 25

     二〇三一年国連の地域主権、地域自治宣言 27

     地域主権、地域自治が創る驚くべき変化 41

     地域の自助経済が創る新しい社会 49

     ベーシックインカム導入が時代の勝利となる日 60

     二〇四四年七月X日の首都崩壊 64

     市場が終わりを告げるとき 68

     戦争のない永遠の平和 74 

     倫理を求める絶えず進化する民主主義 82

 

第二章 大転換への途は始まっている 89

     緑の党の基本原理が世界を変えるとき 91

 

 

第三章 何故ワイマール共和国は過ちを犯したのか?107

    ワイマール共和国誕生の背景 109

    官僚支配こそホロコーストの首謀者 114

 

第四章 戦後ドイツの絶えず進化する民主主義 121

 

    世界最上と自負するドイツ基本法 123

    戦い育む憲法裁判官たち 128

    ドイツを官僚支配から官僚奉仕に変えたもの 139

 

第五章 ドイツ民主主義を進化させてきたもの 145

    メディア批判の引金を引いた『ホロコースト』放映 147

    裁判官たちの核ミサイル基地反対運動 153

    脱原発を実現させたメディア 168

    気候正義を掲げて戦うドイツ公共放送 179

 

第六章 人々に奉仕する経済の民主化 187 

    危機を乗り越える社会的連帯経済 189

    ドイツの連帯経済 194

    人に奉仕する経済の民主化 199

 

 

第七章 ドイツの気候正義が世界を変える 207

    気候正義運動が創る違憲判決 209

    文明の転換 213

 

あとがき 221