(431)初心に思う不条理と決意

新しい年の最初に思う不条理

  現在のコロナ禍が炙り出したのは、禍が貧しい人々、弱い人々を直撃していることであり、1%の人々には危機を踏み台として富が益々集中し、世界の何十億もの人々を困窮させる市場経済の不条理である。

 またそれは、現在のコロナ禍で干ばつで飢餓に直面しているマダガスカル島の映像を見るとき、まったく責任のない人々が市場経済を享受する人々の作り出した気候変動激化で餓死の恐怖に苛まれる不条理である。

 しかもコロナ感染症変異種襲来が予想されても、市場経済は一時的に制限することはできても、本質的に止めることはできないことから、現在爆発的に猛威を振うオミクロン株変異種のように、市場経済に連動して突然変異種が世界中を何度でも襲う恐ろしさである。

 もしオミクロン変異種が欧米で猛威を振い出した時点で完全に入国を止め、入国必要者は空港近くの施設で2週間滞在後のPCR検査陰性に限ることができれば、現在爆発的に感染増大しているオミクロン株変異種は防げたであろう。しかしそのような措置がとれないのは、市場経済が絶えず成長を求めるからであり、市場経済優先なくしてはこれまで構築してきた資本主義社会が壊れかねないからである。

 『2044年大転換・ドイツの絶えず進化する民主主義に学ぶ文明救済論』の序章では、そのような「経済に埋め込まれた社会」を変えることなしには、危機は乗り越えれないと提唱している。

 

 ワクチンルーレットが示唆する理想の社会

 

 序章では二〇二一年一月末にドイツ第一公共放送ARDが放映した『コロナワクチン接種ルーレット Impf-Roulette 』(1)を取上げて、現在の市場経済カジノ資本主義ルーレット)のなかでは社会正義が実現しないことを述べた。

 このフィルムでは、随所に専門家の意見が挿入されており、「何故かくも速くワクチン開発ができるか?開発されたワクチンは安全なのか?ワクチン接種の世界的な公正な配分、社会正義は為し得るのか?」と問うている。

そしてこのフィルムを制作したARDが載せている解説では(2)、「世界危機におけるワクチンルーレットは、金、権力、社会正義、さらには生存と死に対する経済による犯罪劇ではないか ?」と問うている。同時に公正なワクチン接種がなされないのは、現在の社会が理想(すべての人の幸せ)を求める社会でないからであり、社会正義が実現される理想を求める社会を創り出さなくてならないと訴えている。

 理想が実現されないのは、現在の社会が一人一人の幸せを求める経済社会ではなく、絶えず利益を求める市場経済社会であるからに他ならない。そのような市場経済をカール・ポランニーは、すべてを粉々に砕き、粉々になるまで退路のない社会を生み出していることから「悪魔のひき臼」と、著書『大転換・市場社会の形成と崩壊』で述べている。

 すなわち市場経済は労働、土地、貨幣を商品化し、労働の商品化が人間を死に到らしめ、土地の商品化が環境を破壊し、貨幣の商品化が人間の欲望を肥大させ、インフレや恐慌を招き、市場こそが「悪魔のひき臼」となっていくからである。

 そしてポランニーは、古代から封建時代に到る自給自足を基調とした社会では、互酬や再分配によって「経済が共同体という社会に埋め込まれたもの」に過ぎなかったが、資本主義の誕生によって「(すべてが)経済に埋め込まれた社会」という大転換が引き起こされたと述べ、理想の社会として、「互酬性」と「再配分」を基調とする新たな経済社会を示唆している。

 しかしそのようなポランニーの示唆する理想の社会は、「悪魔のひき臼」が回り続け、今コロナ禍で加速激化するなかでも見えてきていない。もっとも意ある識者には見えてきており、一昨年2020年に社会思想家斎藤幸平が世に出した『人新生の「資本論」』では、絶えず成長を求めるグローバル資本主義が壊れ始めていることを的確に捉えていた。

 

(1)日本語字幕付き動画「ドイツから学ぼう(413~418)」転載

https://msehi.hatenadiary.org/entry/2021/02/24/103243

(2)

https://www.daserste.de/information/reportage-dokumentation/dokus/sendung/impf-roulette-die-jagd-nach-dem-wirkstoff-100.html

 

人新生は「ドイツの絶えず進化する民主主義」が創り出す

 

 斎藤幸平が唱える「人新生」の新しい理想の社会は、使用価値経済への転換、労働時間の短縮、画一的な分業の廃止、生産過程の民主化、エッセンシャル・ワークの重視の社会であり、「脱成長のコミュニズム」だと説いている。そして「人新生」の新しい社会を創出するのは、社会運動であると述べているが、どのように巨大資本の支配するキャピタリズムから人新生の脱成長コミュニズムへ転換していくのか、具体的にプロセスを述べていない。

 それゆえ「おわりに―歴史を終わらせないために」で、脱成長コミュニズム実現は、「(世界の)三・五%の賛同者が本気で立ち上がれば、それを実現できる」と述べているが、奔放に感ぜずにいられない。何故なら三・五%の賛同者が本気で立ち上がったとしても、「アラブの春」や「香港の民主化」が巨大な力によって潰されて行ったように、潰されることは目に見えている。万一革命に成功しても、民主集中制を盾に異論者をジェノサイドしたり、天安門で市民への発砲指令を出すといった独裁的なものへと変質しかねない。

 もちろん非暴力での転換を考えているとしても、旧勢力の圧倒的な力による支配のなかでは、大部分の市民が望めば民主的に短期に移行できるものではなく、最終的に力による旧勢力との戦いになるからである。しかも力による過去の革命は一旦政権が誕生すると、権力維持優先で理想目標が見えなくなり、反対派の抹殺で以前より悪くなるのが常であった。

 しかし私が半世紀近く指針としてきたドイツでは、ナチズム(国家社会主義)の恐るべきホロコーストの過ちを、戦後寧ろ力として基本法を誕生させ、前進と後退を繰り返すなかで、民主主義を絶えず進化させ、教育を市民奉仕に変え、メディア、司法、そして政治さえも市民奉仕へと変えてきている。もっとも経済はグローバル資本主義が容認されており、市民に奉仕する経済の民主化にはまだ時間がかかるが、その堰が切られたことは確かである。

 2021年4月連邦憲法裁判所の気候変動訴訟判決では、2019年の連邦政府の気候保護法(2050年までに二酸化炭素排出量ゼロの実現を約束)が2030年以降実現するための確かな踏み込んだ計画がないことは、基本法第二〇条a「自然的な生活基盤保護」に違反し、将来世代の権利を侵害しており、2022年までに是正しなくてはならないという判決を下したことは、経済の民主化の堰が切られたことを実証している。何故なら気候正義の高まりから違憲判決が予想されていたことから、政府は直ちにパリ協定の実現を二〇五〇年から二〇四五年に五年間速め、二〇三〇年の温室効果ガス排出量削減を五五%から少なくと六五%以上の削減に踏み切らざるを得なかったからである。

 それは第一歩であるとしても、規制によってドイツ経済を大きく変えるものである。しかも現在の経済はリオ宣言の約束破り温室効果ガス排出量を160%に増大させてきたことを今も真剣に反省していないことから、2030年の約束履行時には削減どころか更なる増大は必至である。

 したがってドイツではそれ以前に厳しい経済規制が課せられ、集中型大量生産から地域での分散型必要量生産への移行は必至である。事実ドイツの太陽光や風力の再生可能エネルギーでは、地域分散技術であることから市民エネルギー協同組合が製造する電力が巨大電力企業製造よりも圧倒的に有利であり、市民によって推し進められてきたからである。

 再生可能エネルギー推進に殆ど関与して来なかった巨大電力企業は、2011年の脱原発宣言によって実質的な赤字へと転落し、株価の大暴落もあって存続危機に陥り、政府を動かして再生可能エネルギー事業を市民エネルギー協同組合からもぎ取り、これからの事業の柱にしている。すなわち再生可能エネルギー法を2014年改正することで、市民エネルギー協同組合の事業運営を困難にし、新たな市民エネルギー協同組合設立が事実上できないようにしている。

 しかし2030年の削減履行がなされないならば、再び違憲判決が下され、そのような改悪措置が見直されるだけでなく、集中型大量生産から地域での分散型必要量生産への転換が加速することは目に見えてきている。

 それは単に巨大電力企業が敗者となるだけでなく、すべての巨大企業が敗者となるときである。何故なら地域での分散型必要量生産では、適正規模の企業が圧倒的に有利であり、気候変動阻止を最優先するなら、市民が創る利益を求めない協同組合形態への転換は必至であるからだ。

 そのような社会は、まさに「経済が共同体に埋め込まれた社会」の到来であり、最早そこには「悪魔のひき臼」はなく、誰もが自由に、積極的に行動し、生きる喜びを感じれる社会が実現する。

 そのような社会を到来させるものは、「ドイツの絶えず進化する民主主義」であり、コロナ禍の背後には更に巨大な気候変動激化という禍が控えているとしても、その禍を力としてカタストロフィを理想の社会創出に転ずることができると確信する。

 そのような思いから、『2044年大転換・ドイツの絶えず進化する民主主義に学ぶ文明救済論』を書き上げた。

 本の構成は、第一章で危機に直面する世界が禍を力として、どのようにカタストロフィを理想の社会創出に転じていくか、『二〇四四年大転換』の未来シナリオで描き出している。

 それは単なる空想的未來シナリオではなく、現在の世界の危機を直視し、ドイツの絶えず進化する民主主義を手本に、でき得る限り現実的な展開で描いており、現在の危機からの救済テーゼである。

 もちろん様々な点で異論はあるだろうが、『二〇四四年大転換』シナリオは将来を考えるたたき台であり、世界が希望ある未來に向かう文明救済論でもある。

 それゆえ第二章から第七章までは、禍を福に転じてきた「ドイツの絶えず進化する民主主義」について言及することで、『二〇四四年大転換』の正当性を示し、世界の市民が禍を力としてカタストロフィを理想の社会創出に転ずる文明救済論を提唱した。

 

尚12月25日から1月15日まで再び妙高に籠っており、新年は大変遅くなり失礼しました。

(430)『2044年大転換… ドイツの絶えず進化する民主主義に学ぶ文明救済論』

長期にブログを休んでいた理由

 2カ月以上に渡ってブログを休んでいたにもかかわらず、先月も百を超えるブログ来訪者があり恐縮している。

 ブログを休んでいた理由は70歳まで暮らした豪雪地妙高に行く事情が生じ、そこではネットが利用できないからであった。もっともネットだけでなく、新聞もテレビもなく、属世界から離れて見るとはっきり見えてきたものがあった。

 現在のコロナ感染症(COVID19)は、格差社会を拡げている。しかも未来への展望は、格差社会のさらなる肥大だけでなく、洪水や干ばつの激化、食料危機や感染症蔓延による社会機能不全も避けられないだろう。

 なぜなら現在の絶えず成長を求めるグローバル資本主義は、リオ宣言にもかかわらず、温室効果ガス排出量を2020年には1990年比で160%に増大させてきており、危機を踏み台にして益々成長を求めているからだ。そのようななかでは既に見られるように、持続的開発(SDGsからグリンニューディールに至るまで)が免罪符となり、2050年排出量ゼロ目標も逆に倍増させ、300%を超える最悪のシナリオを辿りかねないからである。

 しかしそのような到来する恐るべき未来の禍は避けられないとしても、禍を力にすることができれば、、誰も見捨てない生きがいのある社会、世界を創り出すことが可能であるという思いであった。

 それこそがはっきり見えてきたものであり、私が大学時代から半世紀に渡ってドイツから学んだ、絶えず進化する民主主義である。それは、戦後の民主主義を絶えず退化させてきた現在の日本では見向きもされないとしても、書き記して置かないとならないという思いだった。

それゆえ一気に書き上げ、既に自主出版の手続きを取り、初稿が2月上旬にできるところまで漕ぎ着けている。レイアウト編集前の目次を下に転載し(注1)、次回年明けのブログからは章ごとに解説し、根底にあるものも述べたい。

妙高から戻り感じた日本の翼賛化

 12月に鈴鹿山麓の住いに戻り、先ず最初に目にしたのは新聞の記事であり、国民民主党と維新の連携や立憲民主党の政権批判から建設的提案への転換という民主主義の恐るべき退化であり、日本はここまできたのかと言う思いである。

 次に見たものはテレビであり、12月4日、5日に放映されたNHKスペシャル『新・ドキュメント太平洋戦争 「1941 第1回 開戦」』は興味深いと同時に、今制作放映されることに空恐ろしさを感じた。

 新ドキュメントでは当時の国民の思いが、国民の日記を人工知能AIが読み取り、SMSを見るように描かれていた。特に印象に残ったのは、アメリカ文化に憧れる少女が、お国のためにすべてを捧げる熱狂的愛国女性への変身であり、心の変化に恐ろしさを感じないではいられなかった。

 それは10年ほど前に熱狂的に鳩山民主党政権に期待をかけた国民が、安倍政権の集団的自衛権容認、森友学園などの嘘にもかかわらず、右へと翼賛化が進んでいく現在とも類似しており、公共放送NHK政権交代のメディア支配の間隙をついて放映したように思った。膨大な労力によって、当時の人々の残された日記を通して、国民の本音の変わりゆくさまが手に取るように検証されていた。もっともそれは最初から想定されることであり、なぜそのように国民の心が変化したかは、2011年初めに放映されたNHKスペシャル 『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』の方が端的に描かれていたように思う(まだ第一回放映で断定はできないが)。

 それが描く戦争の原因は利権の熟成であり、利権が中国大陸、そして東南アジアへの進出(侵略)を要請し、大本営官僚支配が治安維持法強化、メディア検閲支配強化などで、国民の驚くべき心の変化を作り出していったのが真相と言えるだろう。。

大本営官僚支配は継続されているのか?

  官僚支配と言えば、官僚のトップである各省庁事務次官たちが独裁者のように支配しているかのようなイメージを与えるが、実際の官僚個人個人は、官僚制というシステムのなかで黒子のように政令にしたがって、真摯に滅私奉公しているだけの公僕である。

 事実600万人ユダヤ人殺戮のホロコースト最高責任者アイヒマンも、イスラエルで裁判を傍聴したハンナアーレントが指摘したように、陳腐で小心な市民でしかなかった。

 それでは六〇〇万人のユダヤ人を絶滅させた首謀者は、誰なのであろうか?

 ナチスの綱領では絶滅計画など全く眼中になかったが、ユダヤ人排斥運動がエスカレートしてくると収容所隔離となり、莫大の数の収容ユダヤ人が溢れてくると、必然的に絶滅計画へと発展したのが真相とされている。具体的にはアイヒマンも含めて、一九四二年の各省庁担当官僚のヴァンゼー会議で決められており、最後まで生き抜いた者は適切な処置がなされなくてはならないという政令が絶滅計画を実行させた。

 この政令は、敗戦直前に上官ヒムラーからアイヒマンに中止命令が出されたと言われているが、一旦動き出した政令は止められない仕組みが出来上がっている。何故なら絶滅計画の政令は会議で決まっているように見えるが、会議決定前に根回しを通して、下からの要請の積重ねで、暗黙的に決まったものであり、それこそが政令であるからだ。

 政令が止められないのは、膨れ上がったユダヤ人の適切な処置が、物資の不足から絶滅計画となるのは自然の成り行きであり、もし絶滅計画が中止され、ユダヤ人が解放されれば、肥大した組織が解体され、関与していた人たちも放り出されるだけでなく、責任が問われるからである。

 それは、官僚制度自体が富国強兵、殖産興業という目標のため絶えず肥大するように作られており、一旦動き出した計画は中止できない。もし中止されれば責任が問われることから、無謬神話で突き進むしかないのである。したがって下からの要請の積重ねによって組織が肥大成長していく官僚支配構造こそが、ホロコーストの張本人に他ならない。

 日本においても、国民が意思表示した脱ダム宣言や、科学的に安全性が破綻した高速増殖炉計画、核燃料サイクル開発が中止にならないのは、まさに明治にドイツから学んだ無謬神話の官僚支配構造に他ならない。

 ドイツでは戦後ホロコーストを犯した過ちが基本法を生み出し、民主主義を絶えず進化させることで、お金も申請書もいらない行政訴訟と行政の証拠書類提出義務を創り出し、官僚支配構造は(国益優先の支配構造)は官僚奉仕構造(国民優先の奉仕構造)へと変化した。

 日本では戦前は帝国主義、そして戦後70年代からは新自由主義に仕える官僚支配構造が継続され、再び危機をむかえていると言えるだろう。

 すなわち官僚支配構造とは、絶えざる成長を実現する最善の仕組みであり、成長が限界に達しても突き進むしかない仕組みであり、クライマックスを過ぎれば必然的に危機を招く仕組みと言えるだろう。

日本は民主主義が絶えず退化しているのか? 

 戦後の日本の教育では、教育基本法第一条(2006年改正)「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」で見るように、国家が国民に奉仕することが求められていた。事実当初の文部省は、能力主義による高校進学の選抜さえ見直すことを約束していたが、現在では能力主義が国家繁栄に必用不可欠なものとなり、競争教育が当然のものとして社会に定着し、健全な精神育成を阻み、格差を生み出す原因ともなっていることが殆ど顧みられなくなり、教育が再び国家に奉仕することを求ている。

 戦後の民主主義の基盤は、「国家は国民のためにある」が指摘するように国家に国民奉仕を求めることであり、少数意見を配慮するため寧ろ抑えられなくてはならない多数決が、現在の日本では民主主義の象徴となり、国家の繁栄は国民の繁栄であるという新自由主義の論理を通して、戦前の「国民は国家のためにある」に回帰しているように思える。

 

 戦後のドイツでは、ワイマール民主主義共和国での民主主義の多数決がナチス独裁を招き、ホロコーストの過ちを犯したことから、「国家は国民のためにある」を守るために、基本法第一条「尊厳の不可侵」から第20条「抵抗権」に至るまで、基本原則が議会の多数決では改正できない絶対的基本権となっている。

 それ故ドイツの戦後の教育が、大学からナチ協力者を追放した後産業の復興によって戦前のエリート教育へ一時的に回帰しても、「国家は国民のためにある」に必然的に戻り、60年代初めに教育の民主化が始まり、「教育の目標は競争や選抜のためではなく、個人が市民社会に生きていく生活の質を高め、連帯してよりよい平等社会を築くことにある」となるのである。

 また集会やデモでは、原発推進が国策であるなかで1985年コール政権は原発反対運動が大規模化し、一部が暴力を振るったとして、デモや野外での集会を規制、もしくは禁止した。これに対して原発反対運動側は、この政府措置を違憲として提訴した。そして連邦憲法裁判所の判決は、集会やデモの自由は基本法八条一項「すべてのドイツ人は、届け出または許可なしに、平穏かつ武器を持たないで集会する権利を有する」の理由から、基本的に「届け出や許可なしに」できるとし、政府措置を違憲と判断した。判決文では一部に暴動が予想される場合もデモ参加者の集会の自由は守られなくてはならないとし、禁止はデモ全体が危険なコースを採る場合においてのみ可能で、その場合も当局は平和的デモ参加者が基本的権利を行使できるようあらゆる手段を尽くさなくてはならないとしている。

 また公務員の中立義務に対しては、1987年1月20名の裁判官たちが、コール政権でのムトランゲン基地の中距離核弾頭ミサイルを配備に法を犯して基地専用道路を座込み封鎖で反対した。政府は公務員法を盾に厳しく対応したが、ドイツの殆どのメディアは、「核弾頭ミサイル設置は、生命と身体的無傷の基本的権利、人間の尊厳に対する基本的権利、平和国家の要件に違反している」という裁判官たちの基本法違反の主張を支持称賛した。特にフランクフルター・ルンドシャウ紙は、裁判官たちの訴えた声明文「人質としての人類」(注2)を載せ、ドイツ市民の圧倒的支持を創り出した。それ故裁判官たちの公務員法違反は最初罰金刑が言い渡されていたが、再審で無罪判決を勝ち取られている。

 それ以来ドイツでは、裁判官の意思表示が当たり前となり、連邦憲法裁判所の現職の裁判官さえも違憲紛争中の問題に積極的に意見を法定外で述べており、国民に議論を喚起することも民主主義の授業であり、世論形成も重要な役割であるという発言になるのである。

 もっともドイツにおいても新自由主義を推し進めたシュレーダー政権に見るようにあらゆる分野で民主主義が後退を余儀なくされたことも確かであるが、「国家は国民のためにある」を守る第一条から第二〇条までの絶対的基本権が、後退の過ちも力として、絶えず民主主義を進化させているのである。

 そのようなドイツの絶えず進化する民主主義と日本の絶えず退化する民主主義は、今回誕生したドイツのシュルツ政権と日本の岸田政権の政策公約を見較べれば一目瞭然である。

 

【ドイツの社会民主党(赤)、緑の党(緑)自由民主党(黄)の信号連立シュルツ政権の政策公約の四つの柱は、第一に気候保護の厳守を確約し、石炭廃止を8年速め2030年までの脱石炭実現、また2030年までに再生可能エネルギーの電力割合80%まで引き上げ、メルケル政権で打ち出した温室効果ガス排出量を九〇年比で少なくとも65%削減を確実に実現する。第二の格差の是正では、最低賃金を時間給9.6ユーロから12.0ユーロへの引き上げ、(失業扶助を生活保護と合体させ、しかも資産の厳しい査定を求める)ハルツ第4法を最初の2年間は査定なしで支給される市民手当に置き換える。住宅家賃の高騰に対しては年間住宅40万個の集合住宅建設と家賃上昇を3年間で11%以内に制限。低所得者には暖房費補助金支給。未来を担う子供に対しては、親の所得に応じた子供手当と所得に関与しない子供手当支給の二本立てで手厚い保護、さらに介護関与者に3000ユーロのボーナス支給等々の公約。第三の財政規律では、コロナ感染症で負債による巨額の救済支援を実施したが、その負債を増税によらず、2023年から健全化することを公約。第四に「核なき世界」を求めるため、来年2022年3月の核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバー参加を打ち出した。】

 

 このようにシュルツ政権での政策公約は国民利益を具体的に最優先しているのに対し、岸田政権の政策公約は抽象的で殆どなにも具体的な柱がなく、国民の格差是正「賃上げ企業の優遇税制」さえ、企業法人税減税の意図が見えており、国益最優先と言えよう。しかもコロナ禍で300万人もの生活困窮者が無利子特例貸付を利用し、その多くが限度額200万まで借り、返済の目途が立たないだけでなく、今も恐ろしく困窮しているにもかかわらず、まったく救済策がなく、見捨てられているといっても過言ではない。

 そのように日本の民主主義が退化するのは、「国民は国家のためにある」に回帰していくからであり、回帰させるものは官僚支配構造の継続であり、繁栄が既に限界に達しているにもかかわらず、翼賛的に絶えず成長を追求するから危機なのであり、このまま突き進めば破綻は見えているだろう。

 

(注1)本のタイトル

『2044年大転換…

ドイツの絶えず進化する民主主義に学ぶ文明救済論』

 

目次

 

はじめに  1

 

序章  たたき台としての救済テーゼ 

 

     コロナ感染症が問う社会正義 12

     「悪魔のひき臼」が文明を滅ぼして行く 16

     人新生の希望ある未來はドイツから開かれる 19 

 

第一章 二〇四四年大転換未来シナリオ

 

     二〇三一年国連の地域主権、地域自治宣言 24

     地域主権、地域自治が創る驚くべき変化 36

     利益を求めない医療や介護が変える社会 46

     ベーシックインカム導入が時代の勝利となる日 53

     二〇四四年七月X日の首都崩壊 57

     市場が終わりを告げるとき 61

     戦争のない永遠の平和 65 

     倫理を求める絶えず進化する民主主義 73

 

第二章 大転換への途は始まっている

     

     緑の党の基本原理が世界を変えるとき 80

 

 

第三章 何故ワイマール共和国は過ちを犯したのか?

    

    ワイマール共和国誕生の背景 96

    官僚支配こそホロコーストの首謀者 101

 

第四章 戦後ドイツの絶えず進化する民主主義

 

    世界最上と自負するドイツ基本法 108

    戦い育てる憲法裁判官たち 113

    ドイツを官僚支配から官僚奉仕に変えたもの 123

 

第五章 ドイツ民主主義を進化させてきたもの

 

    メディア批判の引金を引いた『ホロコースト』放映 130

    裁判官たちの核ミサイル基地反対運動 136

    脱原発を実現させたメディア 150

    気候正義を掲げて戦うドイツ公共放送 161

 

第六章 人に奉仕する経済の民主化

 

     危機を乗り越える社会的連帯経済 170

    ドイツの連帯経済 175

    人に奉仕する経済の民主化 180

 

 

第七章 ドイツの気候正義が世界を変える

    

    気候正義運動が創る違憲判決 190

    文明の転換 194

 

あとがき 202

 

(注2)裁判官たちの声明文は民主主義の根幹であり、人類の危機を前にした人々の心に響くものがあり、訳して以下に載せておきます。

 

https://www.atomwaffena-z.info/fileadmin/user_upload/pdf/1987_richter-erklaerung.pdf

 

「人質としての人類」(裁判官たちのの声明文)

 

 私たちは裁判官であり、「平和のための裁判官と検察官のイニシアチブ(NPО)」に属しています。私たちは、一九八三年夏のボンと一九八五年一一月のカッセルでの平和フォーラムを通じて、新聞広告、デモ、決議を通じて、地元の平和団体への参加を通じて、警告してきました。

 しかし平和運動の警告は、耳に届くだけで消えてしまい、今日私たちの安全はこれまで以上に危険に晒されています。レイキャビクでの包括的な軍縮協定が失敗し、世界的な核兵器実験継続の脅威にあります。

 だからこそ、私たちは今日ムトランゲンで道路封鎖をします。私たちは、これがこれまでのすべての言葉より、よく伝わると信じるからです。

 核兵器は正義にも、平和にも役立ちません。核兵器はすべての人類を人質に取り、東西のすべての人々を直接脅してきました。これらの大量破壊兵器の使用が考えられるだけでなく、今ここで何時でも使用可能です。核兵器の使用は世界的な政治危機、世界の大国に対する想像上または実際の実存的脅威、あるいはソ連アメリカのコンピュータの単純な誤動作によって、明日引き起こされる可能性があります。

 それはボタンを押すだけで、ドイツやヨーロッパだけでなく、地球全体を人間の生命のない砂漠に変える脅威を与えています。

 人類の全てにこのような危険は、歴史上一度もありませんでした。脅威の大きさが間違って評価されている理由から、あるいは私たち人間が武器の破壊力を日常の想像力のなかで耐えられない理由から、核兵器の恐ろしい危険は大部分で過小評価され、排除されているのを見てきました。

 核兵器は人類文明の中に存在してはいけないと確信しています。そういう理由で、私たちは大量破壊兵器を排除することに関わりたいと思っています。

 私たちは、核兵器が留まることが法に記載のない、単なる政治的決定であるとは考えていません。核兵器が留まることは、パーシング2(中距離弾道ミサイル)の配備であり、巡航艦ミサイルの核配備同様に違法です。

 それは、生命と身体的無傷性の基本的権利(基本法一一条二項)、人間の尊厳に対する基本的権利(基本法第一条)、平和国家の要件(基本法第一条二項、第九条二項、第二六条)に違反しています。

 それは、私たちの大地に配備された大量破壊兵器の使用に関する決定が米国大統領だけに委ねられているので、基本法二四条で保証し得ない国家の主権の降伏を意味します。

 それは、一九四五年八月八日の国際軍事法廷第六条(ニュルンベルク原則)に従い、大量破壊兵器による武装は平和と人道に対する罪を犯し、ジェノサイド条約(一九四八年一二月九日の国連憲章第四章第二条項)に違反するため、国際法に反します。

 アメリカ兵がトラックで数分待たなければならない理由で、ムトランゲンの軍事基地前の平和的座込みが暴力であるとすれば、広島原爆の数倍殺傷能力を持つパーシング2ミサイルの配備は一体何でしょうか?

 私たちは、この行為が刑事犯罪とみなされるリスクを受け入れます。私たちは、責任を負う子供たちの未来を気遣う母親や父親として当惑するからです。存在そのものを脅かすこの状況では、核兵器の配備が民主的に選ばれた政府によって承認されたという事実によっても、私たちの行動を止めることはできません。

 私たちは今日の座り込み、市民の不服従を通じて、基本法憲法国際法の保護に対して特別な責任をゆだねられた裁判官として、核軍備の非人道的な狂気に抵抗しなければならないことを明確にしたいと思います。

 私たちの封鎖は、検察官によってこのような封鎖で告発され、裁判官によって有罪判決を受けたばかりの何百人もの同胞との連帯行為であり、同様に平和と軍縮での擁護で最も厳しく処罰された東西の人々との連帯でもあります。

 私たちの連帯は、それらのすべてと一緒にあり、私たちはできる限り大声で、核軍備に“ノー!”と叫びます。

(429)ドイツ最新ニュースから学ぶ(22)ドイツ連邦議会選挙が語るもの・更に進化するドイツ

都合によりしばらく「ドイツから学ぼう」を休みます。

10月1日                関口博之

 

 

既に赤と緑の連立で勝敗が決着

 

 上に載せた連邦議会選挙前の議会では、メルケル首相、首相候補3人、及び他の野党党首も内心勝敗の決着が着いたことから、メルケル首相、与党同盟首相候補ラシェットは,

ドイツが左へとシフトしないように訴えている。また自由民主党FDP党首は、決してリンケ(左翼党)との赤赤緑連立政権はあってはならないと牽制し、自由民主党との赤緑黄連立政権を呼びかけている。

 このように勝敗が決着したのは、一枚の写真からであった。具体的には7月17日の洪水被災地で、シュタインマイヤー連邦大統領(SPD)の被害者に支援約束演説の背後で、こともあろうに被災地ノルトライン=ヴェストファーレン州のアルミン・ラシェ(CDU)首相が笑みを讃えて笑っている下の写真が、多くのメディアを通してドイツ中を駆け回ったことに発している。

https://ostbelgiendirekt.be/wp-content/uploads/2021/07/485F1795-149F-4380-B538-DF850C64D004-e1626599414262.jpeg

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もっとも世論調査に影響を与え始めたのは、7月末からであり、それを後押ししたのは、ZDFの首相候補ラシェット夏インタビューで(注1)、ラシェットが「愚かでした。在ってはならないことであり、遺憾なことをしました。 "Es war blöde und es sollte nicht sein und ich bedauere es"」と、ひらあやまりしたからであった。

 それまではラシェットの楽勝ムードが高まり、世論調査の支持率は30%を超えており、対抗相手の緑の党首相候補ベアボックは20%を割り、社会民主党SPD首相候補シュルツに至っては、当初からそれまで絶えず15%ほどの支持しかなく、誰もSPD支持率の上昇を期待するものさえない有様だった。

 それが8月1日の世論調査(平均)では、与党同盟UNIONが28%、緑の党19%、SPD16%、8月15日UNION25%、緑の党19%、SPD18%、9月1日UNION23%、緑の党18%、SPD23%、9月18日UNION22%、緑の党16%、SPD26%と、信じられない大きな変化をし、最早SPD緑の党の連立政権誕生は動かし難いものとなったと言っても過言ではない。

 もし一枚の写真がなければ、緑の党との連立ラシェット政権、もしくはSPDとの連立ラシェット政権は確実であったことから、ドイツの歴史を変えた写真と言えよう。

 

(注1)

https://www.zdf.de/politik/berlin-direkt/berlin-direkt---sommerinterview-vom-25-juli-2021-100.html 

 

緑の党ベアボックに見るペトラ・ケリーの再来

 

 

 9月12日開かれた公開放送での3者討論対決では(注1)、ベアボック候補の主張の鋭さと、訴える力は、上に載せたZDFheuteニュースでは、ほんの一部しか伺えないが、討論対決でのラスト1分の主張は圧巻であった(その下に載せた動画)。

 これまでの討論対決では、演台から離れ一歩前に出た候補者は誰もいなかったが、ベアボックはその壁を破り、「私たちが本当に壁を破るのか、それとも壁を維持することに固執するのか?Schaffen wir einen echten Aufbruch oder verharren wir im "weiter so"? 」述べたのは見事であり、まさにコロンブスの卵であった。

 ZDFの3者討論対決の世論調査では(注2)、SPDショルツ候補 が最もよかったと思う視聴者は全体の32%、緑の党ベアボックが26%、UNIONラシェットが20%であったが、感情に訴える力はベアボックが39%で、ショルツ28%、ラシェット14%で、ひときわ光っていた。また若い人(18歳から34歳)のベアボック評価(最もよい)も、52%と群を抜いていた。

 最もベアボック候補は、緑の党が5月に支持率26%でUNIONを抜くと、急に批判が高まり、州や連邦での要職経歴がない、2018年クリスマス賞与の申告もれ、さらには今年出した、彼女の気候正義、社会正義などの実現を書いた本『アンナレーナ・ベアボックの今・私たちの国の刷新方法Jetzt Annalena Baerbock・Wie wir unser Land erneuern』では、出典が書かれていないことから激しく攻撃され、支持率は26%から急落し、最悪時は14%まで下がっていた。

 確かに経験不足は否めないが、それにもかかわらず党内のガラス張りに開かれた選挙で急激に這い上がってきたのは、まさに彼女の秀でた力であり、緑の党創設者のペトラ・ケリーを彷彿するものを感じる。

 今回の選挙で首相になることは難しいとしても、連立政権では首相シュルツコントロールで固い壁を破り、必ずや気候正義、社会正義を成し遂げてくれると期待したい。

 (注1)

https://www.zdf.de/politik/wahlen/bundestagswahl-2021-triell-100.html

(注2)

https://www.zdf.de/nachrichten/politik/tv-triell-blitzumfrage-laschet-scholz-baerbock-100.html

(428)ドイツ最新ニュースから学ぶ(21)コロナ変異株デルタとアフガニスタン総括が語るもの

英国のコロナ変異株に見る自由というまやかし

ZDFheute8月29日

 

50万人もの英国の若者がマスクも付けずに、ロックフェスティバルを自由に楽しむ映像を見ると、まるで若者たちはウイルスとともに生きる術を享受したかに見える。

それゆえZDF記者は、「自由というまやかしの夏を楽しんでいるのか、それともウイルスと共に生きる術を見つけて楽しんでいるのか?」という問いを発するのである。

もちろん英国コロナ感染者数推移を見れば、「自由というまやかしの夏を楽しんでいる」のは一目瞭然である。

https://graphics.reuters.com/world-coronavirus-tracker-and-maps/ja/countries-and-territories/united-kingdom/

すなわち今年1月初めには1日の感染者数が6万人を超えていたが、ワクチン接種が他国に比べ速く進んだことから、5月には千人台に減少し、重症化も激減したことから、7月からすべての制限が撤廃された。

しかし実際の1日の感染者数は6月には1万人台へ、7月には2万台、8月には3万人台へと増え続けており、そのなかでの自由を満喫するロックフェスティバルの開催であった。

それは絶えず成長を求める経済の仕組のなかでは、主催者側は生き残るために開催するしかなく、アーティストたちでさえ開催なくして生き残れないのである。

また集う若者も楽しんでいるというより、自由を制限された長く呪われた時代に怒りをぶつけているように見える。

しかしまやかしの自由享楽にも限りがあり、変異株デルタが猛威を振うなかで、既に変異株ミューへと、ウイルスが生き延びるために突然変異を繰り返しており、まったく終息する未來が見えてこない。

これまでのワクチン接種率とコロナ感染の推移を見ると、最早数年で終息するとは思えない、恐ろしい時代に突入したように思える。

このような恐ろしい時代をつくり出しているのは、“ペスト”の時代のような完全封鎖なしに、ワクチン開発で克服しようとする現代世界の奢りに他ならない。

すなわちウイルスは、ワクチン接種で生き延びるために様々に突然変異を繰り返しており、ワクチン接種の一時しのぎが見えてきている。

しかし現在の社会のなかで生きるためには、ワクチン接種が突然変異の原因であるとしても、コロナ感染での重症化激減の事実からも、ワクチン接種しないわけには行かない。

もっとも気候正義が叶う時代がくるとすれば、「ワクチン開発によるウイルスの克服、あるいは科学による自然の克服が過ちだった」と見直されるだろう。

 

アフガニスタン20年の総括ZDFheute8月31日

 

アフガニスタン20年の総括をすれば、どのような巨額なお金(アメリカだけで約250兆円)と兵力を投入しても、力による平和は創り出せないということである。

それはまさに、「アメリカ、イギリス、フランス、NATOの旗で棺桶を象徴的に包んでいます」の映像が描き出している。

しかしこれらの国の力による平和工作が単に失敗しただけでなく、ロケット砲テロ攻撃を拡大強化させ、公開処刑のテロ集団組織「イスラム国」を誕生させ、アフガニスタンを含め世界に拡散させ、さらにテロ支援国家と指摘した北朝鮮原発大国にまでさせたことは、最早戻すことができない紛れもない事実である。

こうした事実からも、力による解決を考え直す機会であり、今年国連で発行された核兵器禁止条約が科学者、法律家、医師の3つの非政府組織NGOが創り出しことを考えれば、紛争地では非武装の専門家市民組織(NGO)の介入による方法に転換して行くべきである。

実際1981年設立された国際平和旅団(Peace Brigade International: PBI)や2002年に設立された非暴力平和隊(Nonviolent Peaceforce:NP)は、トレーニングを受けた多国籍の非武装の市民チームで組織され、紛争地に入り監視や護衛活動で、紛争の暴力化抑止に一定の成果をあげている。

またヨーロッパ諸国では、ドイツを中心として90年代末より「市民平和活動」ZFD(Zivile Friedensdienst)が活発であり、ドイツでは連邦政府が財源を出し、ZFDと政府が共同で非軍事的非暴力の平和構築に貢献している。

アフガニスタン陥落後の世界は、力による積極的平和構築での取り戻すことができない失敗の甚大さから、このような非軍事的非暴力解決を目指す非政府組織を強化結集させ、紛争両者の理解と生活支援(赤十字社国境なき医師団)を通して、長期的に解決していく必要があるだろう。

もっともそこでは、資源国の国有企業を民営化させ、民営企業買収で貧困をつくりだしている大国の大資本が当然問われ、世界の市民がガラス張りにして長期的に関与するなかでは、徐々に経済も変わらざるを得ず、本当の平和を期待することも可能であろう。

 

(426)ドイツ最新ニュースから学ぶ(19)(8月6日投稿)

ドイツを襲った世紀の洪水被害 ZDFspezial7月19日

私自身ブログ(376)で以下のように書いているように、ドイツでは河川氾濫や洪水があっても、大災害はあり得ないと思っていた。

「ドイツでは河川氾濫は毎年日常茶飯時であり、洪水による街の浸水も決して少なくない。

しかし洪水での浸水も想定し、たとえ床上浸水しても地下室に水が入らないように配慮し、洪水で死者がでることは殆どなく、被害も最小限にするのがドイツである。しかも浸水した地域は「浸水地域」指定で新たな住宅建設が規制され、6年ごとの浸水地域指定の更新で継続されて行けば、街自体が自然に消えて行き、氾濫原をなくす仕組みが作られている。」

しかしそのドイツで、世紀の洪水被害といわれる大災害が起きたのである。

今回のドイツの洪水死者災害は、2002年のエルベ川氾濫の大洪水での21人死亡、2013年の再度エルベ川氾濫大洪水で近隣諸国合わせて25人死亡、2016年のニーダーバイエルン市の洪水で7人死亡以来であり、まさかドイツで、少なくとも189人の死者を出す大災害が起きるとは思わなかったのである。

このフィルムでは早期の警報がなかったことが問題となっているが、自治体や連邦保護局に油断があったことは確かである。

もっとも今回の7月中旬の豪雨による大洪水は、ドイツだけでなく、ベルギー、オランダ、オーストリア、スイスと多岐に渡っており、その原因は熱帯低気圧の頻繁な発生と急速な発達である。

すなわち地球温暖化の激化で、地中海の海水温が上がり、多量の水蒸気を含んだ熱帯低気圧の頻繁な発生であり、河川対策だけでは最早避けられない時代に突入したと見るべきであろう。

 

地中海沿岸に拡がる森林火災 ZDFheute 8月2日

(4) 地中海沿岸に拡がる森林火災8月2日 - YouTube

地中海の熱帯低気圧による豪雨が一段落したと思ったら、ギリシャで45度と言う異常な暑さと地中海から吹き上げる熱風による森林火災である。

すなわち一過性のものではなく、一旦鎮火できても何度も森林火災が繰り返されて来る。

8月1日のFAZ・NET(フランクフルト・アールゲマイン紙)では、「南ヨーロッパの熱波:

大きな暑さと強風が新たな火災を引き起こす」のタイトルで、その異常さを伝えていた(注1)。

その記事では、アンカラのHacette大学Perktas教授の「森林火災は放火が主な原因であるが、今回のトルコの森林火災は気候変動が最大の原因である」という

主張を載せていた。

明らかにこうした報道からもわかるように、年々気候変動は激化しており、最早従来の対処方法では限界なのである。

 

気候変動激化から見えてくる未來

 現在2億人を超えて拡がり続けているコロナ感染も、ワクチン接種が進めば克服できるというやり方も、イスラエルなどで2回の接種をした人たちが変異種デルタ株に感染し、重症化する例から見ても、限界を感ぜずにはいられない。

確かにコロナウイルスの突起部分の遺伝子情報RNAを大量培養し、その接種で細胞内で抗体を造らせるやり方は画期的であるが、突然変異のし易さから、抗生物質が耐性菌を拡げて行ったように、過信すると命取りにもなりかねない。

確かに中国武漢からコロナ感染が拡がった際は、ワクチン接種も中和抗体もなく、戦う手段が全くなかった。

それゆえ地域封鎖しかなく、武漢などに見られるように徹底した封鎖ができたところは一旦はコロナ感染制圧に成功している。

日本のように経済が優先される国においては、非常事態宣言でコロナ感染が減少すると、十分な検証もなくすぐさま経済活動を再開させている。

そうしたやり方が、現在の危機を招いていることも明白である。

それは、インドで確認された変異種デルタ株が世界に現在蔓延している原因であり、グローバル経済が止まらないからである。

すなわちコロナ感染でも、さらには気候変動でも、グローバル資本主義の対処するやり方は限界なのである。

しかし進歩に向けて進む地球号という巨大船体のなかでの反乱は、犠牲が大きすぎるだけでなく、巨大船体自体を滅ぼしかねない。

それならば気候変動激化で食料危機、感染症蔓延で、グローバル資本主義が機能不全に陥り、自ずから地域主権の地域自給社会へ、転換して行くのを待つしかないだろう。

もっともそうした未来への視点に転じて行くと、少なくとも心のなかでは、“禍を転じて福と為す”という希望が湧き上がって来る。

(427)ドイツ最新ニュースから学ぶ(20)恐るべき気候変動報告とアフガニスタン落城(*8月22日投稿)

恐るべき気候変動報告 ZDF8月9日

 

2021年8月9日に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書では、2018年のIPCC『1.5 °C特別報告書』による、「温暖化を臨海温度1.5℃以内に抑えるには、世界の温室効果ガス排出量を2030年までに半減させ、遅くとも2050年までに実質ゼロにする必要がある」という行動指標が訂正され、2018年時点の想定より10年も早まり、2030年までに排出量を半減させても、2030年には臨界点1.5℃を超えてしまうという衝撃的なものであった。

そして9日深夜に報道されたZEIT・ONLINEでは、「環境団体や政治家は緊急の行動を要請するUmweltorganisationen und Politiker fordern sofortiges Handeln」というタイトルでIPCC報告に対する反応を伝えていた。

 その報道では、国連のアントニオ・グテレス事務総長は、化石燃料エネルギー振興の中止を求め、「石炭、石油、ガスは地球を破壊するだろうKohle, Öl und Gas würden den Planeten zerstören」と、地球は致命的危機に晒されていることを警鐘していた。

ドイツの環境環境大臣スヴェンジャ・シュルツェ(SPD)は、「地球は致命的危機に晒されているDer Planet schwebt in Lebensgefahr」と述べ、国際社会の11月グラスゴー気候サミットでの画期的合意を求めた。

またグレタ・トゥンベリはツイッター上で、「新しいIPCC報告書は、決して驚くべきものではなく、何千もの研究や報告から、私たちは既に緊急事態にあることを確認するものですDer neue IPCC-Bericht enthält keine wirklichen Überraschungen. Er bestätigt, was wir schon aus Tausenden vorherigen Studien und Berichten wissen – dass wir uns in einem Notfall befinden」と述べ、それでも私たちは気候変動の最悪の事態は阻止できると記している。

またドイツの“未来のための金曜日デモ”で先頭に立つルイザ・ノインバウァーは、「我々は今勇敢でなければならない、世界は瀬戸際にあるWir müssen jetzt mutig sein, die Welt steht auf der Kippe」と述べ、今行動して政府を動かせば、臨界点1.5以内は可能だと述べている。

尚今回のIPCC報告で、もう一つ注目すべき点は、人間の活動が地球を温暖化させていることは、「疑いの余地がない」と敢えて断定していることである。

そのような断定は、石炭や石油産業等から寄付を受けるハートランド研究所のような機関が、人為的気候変動否定論を世界にまき散らすことで、世界の二人に一人は人為的気候変動に疑いを持ち、真剣に捉えていないという報告もあるからである。

すなわち現在の世界経済を支配する巨大資本が、リオの国際会議から既に30年を経ているにもかかわらず逆に排出量を1990年に比して60%も増やし続けているのは、お金で動く科学者や学者の意見を利用して、絶えず人為的気候変動に疑問を差しはさみ、脱炭素化にブレーキをかけ続けているからである。

このような有様から見えてくるのは、私たちは今最悪のシナリオの道を進んでいるという事実である。

それを克服することは、絶えず成長を目指すグローバル資本主義は不可能であるという結論である。

それゆえ、寧ろ最悪の道を進むと想定して、気候変動激化による食料危機や感染症の蔓延にどのように対処して行くかである。

その視点に立てば、自ずと地域主権による自然エネルギー分散技術での地域自給自足という選択も現実化して行き、よりよい世界に変えて行くことも可能であろう。

 

カブール落城 ZDFheute8月15日

 

ニューヨークの爆破テロから20年経ってのカーブル落城は、50年前のサイゴン落城を思い出す。

サイゴン落城には、平和の到来する希望があった。

しかし今回のカーブル落城には、平和への希望がないだけでなく、民主主義を望む人たちのジェノサイドの心配さえある。

そう感じるのは、2015年2月1日アルカイダの流れを組むテロ国家「イスラム国」が日本人ジャーナリスト後藤健二さんを、インターネットを通して世界中に公開処刑したからである。

しかも後藤さんは弱者救済と平和を求めて戦ってきた人であり、 人の命を目的のためにモノとして利用するテロ組織は、どのような理念を持っていようが許すことはできない。

もっともアルカイダの2001年のアメリカ同時多発テロ事件自体が無差別ジェノサイドであり、決して許されるものではない。

タリバンアルカイダの関係は様々に言われているが、同じ貉であることは否定できない。

そのタリバンアフガニスタンを取り戻し、8月17日の最初の記者会見で、女性の人権尊重と独裁なき多様な人々が参加できる融和的政権樹立を強調したが、このZDFheuteのニュースのように、ドイツのメディアは状況から判断して殆ど信用していない。

8月19日のドイツ第一公共放送ARDに所属するドイチェ・ヴェレ(DW)が、「タリバンは、DWジャーナリスト家族の一人を殺害したTaliban töten Angehörigen eines DW-Journalisten」というタイトルで、「タリバンは標的を絞った殺害を躊躇していない」と激しく非難している。

https://www.dw.com/de/taliban-t%C3%B6ten-angeh%C3%B6rigen-eines-dw-journalisten/a-58910077

記事では、DWのピーター・リンブール事務局長のタリバンへの非難とドイツ政府への緊急要請が以下のように、「タリバンによる編集者の家族殺害は信じられないほど悲劇的であり、すべての従業員とその家族がアフガニスタンで緊急の危険を裏付けている。タリバンはすでにカブールと行政区域でジャーナリストの組織的な捜索を行っており、時間がなくなりつつある!Die Tötung eines nahen Verwandten eines unserer Redakteure durch die Taliban ist unfassbar tragisch und belegt die akute Gefahr, in der sich alle unsere Mitarbeitenden und ihre Familien in Afghanistan befinden. Die Taliban führen in Kabul und auch in den Provinzen offenbar schon eine organisierte Suche nach Journalisten durch. Die Zeit läuft uns davon!」訴えている。

また18日のZEIT・ONLINEでは、「二重の過ちDoppelfehler」のタイトルで、「西側は過ったのか? 確かに、しかし決して西洋だけではない。アフガニスタンも歴史的な機会を失った。Der Westen hat versagt? Ja, aber beileibe nicht nur er. Auch die Afghanen haben eine historische Chance vertan.」と強調していた。

https://www.zeit.de/2021/34/afghanistan-taliban-kampf-westen-afghanen-fehler

具体的な記事内容を要約すれば、「アメリカだけでアフガニスタン軍への900億ドル供与を含め、20年間で2,2610億ドル(約250兆円)をアフガニスタンに費やし、ヨーロッパ諸国も何百憶ドルを費やし、何千人もの西側兵士が命を落とし、多くの民間人支援者も亡くなっている。確かに、お金の多くは、欧米企業への注文で供与国に戻り、西洋人の非常に近視眼的な私利私欲が絶えず大きな役割を果たしてきたことは事実である。

それにもかかわらず、西側諸国はアフガニスタンについて真剣であり、女の子は学校に行くことができ、女性は少なくとも首都カブールでは、ブルカなしで路上をあるくことができ、若い男性は教育を望むことができ、人々は正義のために努力し、貧しい人々は生計を立てることができた。今過去20年間に築き上げてきたものが全て崩壊し始めているが、誰も非難すべきではない:アフガニスタン人だけが責任を負う。しかし、彼らの運命を自分の手に取るのは、アフガニスタン人であり、アメリカのような世界の大国でさえ、自衛したくない国を守ることはできない。西洋全体でさえ、自ら望まない社会に自由を押し付けることはできない」と結んでいる。

またノルトライン=ヴェストファーレン州地域日刊新聞「ライニッシュポスト」の16日のRP・ONLINEでは、「タリバンがかくも早くアフガニスタンを打ち負かすことができた理由Warum die Taliban die afghanische Armee so schnell besiegen konnten」のタイトルで、その背景について言及していた。

2021年5月に外国軍の撤退が始まったとき、アメリカ政府及びアフガニスタン政府軍はタリバンと十分戦えると確信していた。

何故ならアフガニスタン政府軍は、30万人以上の兵士と数十億ドル以上の近代的な装備を持っており、タリバンを圧倒的に上回っていたからである。

しかし実際には、軍は腐敗、リーダーシップのなさ、訓練の欠如、士気の低下によって弱体化し続けており、米国の査察官は「このようなアフガニスタン軍に未来はない」と繰り返し警告していた。

弱体化の引金を引いたのは、2020年2月のアメリカ政府とタリバンとのアメリカ軍完全撤退の合意である(トランプのドーハー合意)、と指摘している。

合意後もタリバンは政府軍を攻撃し続け、ジャーナリストや人道活動家を故意に殺害して恐怖を煽り、政府軍兵士や役人を無数のプロパガンダメッセージで戦意を失わせていった。

それ故最初の州都占領から首都カブール占領まで2週間もかからなかったと結んでいた。

https://rp-online.de/politik/ausland/afghanistan-warum-die-taliban-die-armee-so-schnell-besiegen-konnten_aid-62208639

 

タリバンの支配していた地域は、山岳地域の乱立する部族社会であり、血縁、地縁が支配するなかで、殺し合いを避けるために娘や女性の政略結婚があたり前の社会である(山岳部族社会を描いた秀作実話映画『娘よ』を見れば理解できるだろう)。

それは、まさに日本の戦国時代であり、光秀の天下統一から秀吉の天下統一までの速さが物語っており、多くの支配者たちは脅迫と報償の伝令によって、戦わずして従ったのである。

しかしそのような部族社会は、生き延びるために慣習や伝統文化によって必死に生きて来たのであり、それを壊したのは突然入って来た民主主義とグローバル資本主義に他ならない。

すなわちそれはブログ(329)で述べているように、少なくとも数十年前まで楽園であったラダック(世界で最も高いヒマラヤ山系地域)を貧困化と混迷に陥れた理由である。

具体的には、グローバル化で恐ろしく安いコメや小麦が外から持ち込まれることで、地域の自給自足の豊かな暮らしが壊されて行き、若者や男たちが都市への出稼ぎで、1カ月で1年分のお金を得ることで、、受け継がれてきた伝統が壊され、年寄りが敬われなくなり、豊かな楽園が崩壊した。

それとは必ずしも同じでないとしても、少なくとも山岳地域に生きる人々は、カブールに暮らす一握りの裕福市民のように民主主義を謳歌できず、20年前より貧困化が進んだことも事実である。

そのような人々は、封建的全体主義タリバン支配を悪しきものと思ったとしても、生きるためにタリバン支配を選ばざるを得ないのである。

*私の編集ミスでブログ(426)に今回の記事をのせたため、ブログ(426)は

失われました。もっとも下書きはあるので、次回ほぼ2週間後にブログ(428)を載せる前に、(426)も載せて置くことにします。

 

(425)ドイツ最新ニュースから学ぶ(18)タックスヘイブンの克服・定常化するトルコの独裁

タックスヘイブンの克服 ZDFheute7月10日

 

社会民主党のオラフ・ショルツ(第4次メルケル内閣で2018年3月以来連邦財務大臣)は、100年前にできた国際課税ルールが変わる“歴史的瞬間だ”と歓喜する。

もっともドイツ公共第一放送では、シュルツの見解は楽観的だという専門家も多く、世界経済研究所所長ガブリエル教授も「利益の定義自体が難しい」と述べている。

もっとも乗り越えないとならない障害はまだあるとしても、これまで巨大ĪT企業のように拠点がない企業に法人税が徴収され、タックスヘイブンによる課税逃れができなくなるのは確かである。

連邦財務省が報道するイタリア新聞「ラ・レプリカ」の財務大臣ショルツのインタビューでは、「私は何年もの間、交渉成果のために取り組んできました。これは、より国際的な税務司法に向けた歴史的かつ前例のない一歩です。そして、多国間主義と国際協力の強い兆候は、我々の税制への信頼を強化します Für dieses Verhandlungsergebnis habe ich mich über Jahre eingesetzt. Das ist ein historischer und beispielloser Schritt zu mehr internationaler Steuergerechtigkeit. Und ein starkes Zeichen für Multilateralismus und internationale Zusammenarbeit, die das Vertrauen in unsere Steuersysteme stärkt.」と自信を覗かせている。

https://www.bundesfinanzministerium.de/Content/DE/Interviews/2021/2021-07-08-la-repubblica.html

 さらに欧州連合EU経済の持続的回復を生み出す手段として、排出量取引税や金融取引税などの導入で財源の確保を強調している。

確かにコロナパンデミック猛威という禍を契機として、タックスヘイブンの克服がOECD加盟諸国131カ国の合意やG20の合意で実現する段階まで漕ぎつけたことは確かである。

それは電気や水から教育や医療に至る公共財まで、すべての民営化で市場競争に委ねる新自由主義経済に、公平で公正な規範を築く第一歩である。

そのように“禍を転じて福と為す”の諺に従えば、未來に待ち構えている気候変動激化による洪水災害や食料危機も、より公平で、より公正な社会を創り出すための試練とも言えるだろう。

 

定常化するトルコの独裁(クーデター鎮圧5周年記念日)ZDFheute7月15日

 

2016年7月15日夜、トルコで起きたクーデター未遂事件に対して、ドイツメディアは総じてドイツジャーナリストが逮捕されたこともあって、エルドアン大統領独裁に批判的であった。

エルドアンの右派公正発展党(AKP)が2007年に政権を取って以来、エルドアン政権はメディアを統制し、法の支配を形骸化させ、非暴力の抗議を容赦なく弾圧してきたからである。

事実ドイツ語版のウキペディアでは、エルドアンの支配は、権威主義、拡大主義、検閲、反対意見の政党禁止であると指摘している。

このクーデター未遂では、8000人に及ぶ軍関係者だけでなく、何万人もの学者、政治家、公務員などが逮捕拘留された。

しかもクーデターを阻止したのは、エルドアン支持の市民がクーデター派の戦車の進行を止めたことにあり、トルコ市民がクーデターを阻止したと言っても過言でない。

市民が民主主義政権より民族主義独裁政権を望む理由は、東欧の独裁化でも同じである。

すなわちグローバル資本主義が進展するなかでは多くの市民が貧困者へと没落し、新自由主義経済を容認する民主主義に期待しても無駄であり、市民の多くは公正さを求めて、国家主義社会主義(ナチズム)ごとき政策を唱える政権に絡め捕られて行くからである。

しかもそのような政権は、メディア支配と法支配で独裁体制を築くことから、益々独裁化が強められ、何時まで経っても変わらないのである。

そのような独裁体制を変えていくためには、現在の弱肉強食の競争を容認するグローバル資本主義経済を変えて行くしかない。

すなわち競争による強者の自由な経済ではなく、弱者に配慮した規範ある経済であり、経済の民主化である。

それはタックスヘイブンの克服、炭素取引税や金融取引税の導入で課税を公平、公正なものとするだけでなく、弱国の地域に暮らす人々の経済が壊されないように、例えばハンディキャップを設けるような仕組が必要である。