(506)戦争と平和(12)トランプが再勝利する危機の時代・私の創造的平和構想(3)

公共放送『正義はどこに3-2』が訴えるもの(2)

上に載せた動画『正義はどこに・3‐2』は、鴨志田記者の「この一年ガザの惨状に世界が目を奪われている間に、ヨルダン川西岸でも力による支配が強まっていました」で始まり、パレスチナ人の「誰がこの土地の占領を許したのか。誰が私たちを支配することを許したのか」の悲痛な声で終わっていた。

既にパレスチナヨルダン川西岸のイスラエルアパルトヘイトは、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの2022年2月1日発表した「残虐な支配体制と人道に対する罪」の報告書で、 「イスラエル支配下に置く全地域で実施してきた隔離、没収、排除など、残虐な施策が、明らかにアパルトヘイトにあたることを確認した」と断言している。

アパルトヘイトとは、1つの人種集団が他の人種集団を日常的に抑圧・支配する政策であり、国際公法が禁じる重大な人権侵害であり、アムネスティは外部専門家の協力を得て大規模な調査と法的分析の結果、長年のイスラエルの占領での支配政策がアパルトヘイトであると断言し、国際刑事裁判所の裁きを求めている。しかしその訴えを国際社会は今日まで放置し、映像で見るように益々そのアパルトヘイトが激化している。

トランプが再勝利する危機の時代

国会襲撃を公に指令し、自国利益第一で気候保護条約撤退などあらゆる国際秩序を壊し、人種差別を露骨に捲くし立てるトランプが、私から見れば悪しき独裁者であり、今回のアメリカ選挙で大統領に返り咲いた。

その返り咲きは決して意外なことではなく、さらに恐ろしい時代の到来を招くと危惧していたことである。返り咲きの危惧は、アメリカ社会の格差が益々拡大し、グローバル化で製造業が途上国移転によって年々衰退し、大部分を占める貧困層と中間層が実現されない民主主義の綺麗ごとに怒っていたからである。

確かにアメリカの景気はよく、全体として潤っている。しかし潤っているのは1%の裕福層であり、1%の総所得は下位20%の総所得の140倍にも達する。そのような人たちにとって、現在のインフレや競争の激化は深刻であり、民主主義の掲げる自由、平等、平和は綺麗ごとに過ぎず、明日の暮らしこそが切実な問題である。

確かにすべての輸入商品に20%から100%の関税を掲げるトランプの保護主義は、破綻寸前の国内産業を蘇らせるだろう。しかも世界のポリスの役割を放棄し、既に支配している途上国から資源を安く調達すれば、アメリカ国民は潤うだろう。それが強国アメリカの復活であり、国内産業の衰退によって貧困が下へ下へとスパイラルして行く人たちにとって、トランプの自国利益第一は魅力ある福音に聞こえる。事実そのような自国利益第一は、トランプ支持者に目先の約束を果たすこともできるだろう。

しかし既にブログ(333)で述べたトランプの演説の動画が示すように、トランプは白人至上主義者であり、ようやく獲得されてきた黒人や有色人種の権利が奪われて行き、イスラエルに見るアパルトヘイトさえ復活し兼ねない。すなわち人種差別を原動力として、国家社会主義(ナチズム)が甦ることである。

それはアドルフ・ヒトラーが予言した百年後の復活である。そのような予言を為した背景には、民主主義社会が経済格差を拡げ、自由平等の公正さが失われていくことにある。その結果国民は、ナチズムの説く愛国心、正義感、未来への希望に酔いしれるからである。

具体的には上に載せたZDFの『私たちドイツ人と民主主義(Wir Deutschen und die Demokratie)』(2019年4月30日放送)が描くように、世界一の民主主義国家と称賛されたワイマール共和国は、「虚構と未来への期待が現存を加速し、同時に幻覚から目覚めていた」、「夢想家がほっつき歩き、当時は素晴らしい時代であり、敗れた戦争の余波は最早感じられなかった」、「多くの女性は自己認識、自己決定で、益々自由に生きていた」と語られている。

しかし大部分の国民は飢えを脱しただけで、そのように自由を謳歌できる暮らしとは程遠かった。すなわち政治の腐敗と並行するように門閥主義が横行し、職人の子は職人、インテリの子はインテリ、企業家の子は企業家であることが暗黙的に決められている階級社会であり、一握りの人たちだけが益々裕福になり、自由を謳歌する時代であった。

それゆえ大部分のドイツ人は、ナチズムの掲げた平等と公正さを求めるスローガンに熱狂して行ったのである。すなわち二五ヵ条ナチズム綱領では、第一一条で労働によらず、努力のない所得の廃止、第一二条で企業の国有化を要求し、第一四条での大企業利益の国民への分配、第一六条での百貨店などの即時市町村有化、第二〇条での勤勉なすべてのドイツ人に国庫負担での教育保証などを掲げ、富の平等な分配と公正さを求め、国民の要望に寄り添っている。すなわち国家社会主義とは、マルクスの理想とした不正なき平等社会の右翼による実現とさえ言えよう(左翼による実現は、スターリンソ連帝国に他ならない)。

しかし国家が平等に分配できる富を得るために、帝国主義を推し進めてきた官僚支配を誉め讃え、第三条で海外進出による領土拡大を求め、雇兵廃止と国民軍編成を要求している。またユダヤ人に対しては、第四条でユダヤ人は国家公民でないと断言し、第五条で(ユダヤ人は)外国人関係法規を適用しなければならないと述べている。さらに第二三条では、新聞のメディア支配を打ち出し、最後の二五条では、ナチス政党の議会での無制限な権威を掲げ、ナチズム独裁国家建設を誓約している。

実際にこのようなナチズムはドイツ国民を熱狂させて行ったが、その結果として必然的にホロコースト、そして世界戦争を引き起して行ったのである。

まさにトランプの再勝利はアドルフ・ヒトラーの予言によるナチズムの復活であり、人種差別や地球温暖化の激化だけでなく、人類絶滅の世界戦争へと紛争が拡大して行く危機である。

私の創造的平和構想(3)

そのような保護主義による平等な冨の分配と公正さを求める国家社会主義(ナチズム)への甘美な誘惑は、民主主義が経済の自由を通して格差を益々拡げていくなかでは、トランプの再勝利が示すように防ぎようがないことも事実である。

現に民主主義国家から権威主義国家へ移行する国は増え続けており、地球温暖化に対しても国益最優先で二酸化炭素排出量は1990年リオの削減の誓いにもかかわらず、2020年には160%に増え、それ以降もパリ協定にもかかわらず増え続けている。さらに戦争はイラクアフガニスタン、シリア、ウクライナパレスチナと止めどもなく継続されており、最早戦争という戦争特需を通して先進国が潤う政府と企業のコーポラティズム体制が構築されていると言っても過言でない。

そのような構築は、化石燃料エネルギー支配のグローバル資本主義が行き詰まり、「ショック・ドクトリン」が提示するように戦争などの禍を通して潤う仕組みが造られ、断末魔を迎えているからに他ならない。それは化石燃料エネルギー支配の民主主義では止まらないだけでなく、対処自体が逆に推し進めている。

しかし地域分散技術の行き渡る再生可能エネルギーの世界では、そのような悪しき構造が解消されるだけでなく、経済的にも平等な「エネルギー民主主義」を創り出すと論じられている。すなわち「エネルギー民主主義」は、地域エネルギー自立の過程で経済的にも平等な共同体を創り出していく。しかもそのような共同体は太陽と風による余剰エネルギーを水素で蓄積することで、究極的には自給自足の共同体を創り出すことから、経済的にも侵略のない利他主義の世界へと導かれていく。

そのような「エネルギー民主主義」は、現在の気候変動、経済格差、人種差別、難民などの問題を本質的に解消するシステムが組み込まれており、私の提唱する「核のない善なる世界」に導くことも可能である(詳しくは次回参照)。

本来「エネルギー民主主義」は、「誰でも十分なエネルギーを利用できるようにする」という概念であり、ドイツの気候正義運動(気候変動に関与していない先住民や貧しい人々が最も被害を受けている不正義を問い正し、気候変動を生み出している経済を変えて行く社会運動)に発している。そして現在では、再生可能エネルギー後進国のイタリアにおいてさえ、地域で何万の再生可能エネルギーコミュニティーを生み出しつつある(注1)。

そのような再生可能エネルギーコミュニティーイスラエルパレスチナの境界線に平和を取り戻す人間の盾として、何千と創り出して行くことが、私の唱える創造的平和構想である。

確かに紛争地への国連軍派遣は、5大国の拒否権で決議されることは不可能である。しかし2021年に発効された核兵器禁止条約は国連総会で決議されており、安保理での決議は不可能としても、本当に世界に平和をもたらすものとして多くの国が望むのであれば、国連加盟国三分の二の賛成で決議可能である。

創造的平和行使が国連総会で決議されれば、拒否権行使を望む国々は参加しないとしても、平和を望む殆どの国が参加する人間の盾としての志願市民、専門家、そして大部分の難民からなる国連平和市民(再生可能エネルギー)コミュニティ設立部隊を派遣することは可能である。

国連平和市民(再生可能エネルギー)コミュニティ設立部隊には命の保証はないとしても、人間の盾としてパレスチナのジェノサイドをくい止め、イスラエル人の復讐攻撃による恐怖心を取り除くものであり、それが攻撃されることはないと確信している。それ故最初に述べたように、そのような国連設立部隊が国連決議の下に編成されれば、採用されることは別として、77歳となった私も志願したいと思っている。

何故なら、もう一つのアルタナティーフ(オルタナティブ)な世界、核のない善なる世界を創り出すことが、私の生きる目標であるからだ。

(注1)『核のない善なる世界: 禍を力とする懐かしい未来への復活』

(505)戦争と平和(11)公共放送『正義はどこに3-1』が訴えるもの・私の創造的平和構想(2)

公共放送『“正義”どこに3-1』が訴えるもの

10月6日に放送されたNHKスペシャル『“正義”はどこに・ガザ攻撃1年先鋭化するイスラエル』では、イスラエルパレスチナへの憎悪と敵意の高まり(3-1)、パレスチナ西岸での占領政策拡大と暴力(3-2)、そしてイスラエルの「目には目を歯には歯を」の力による正義侵攻に無力な国連及び国際社会(3-3)を通して、「正義はどこに」と問いかけていた。

今回の上に載せた『“正義”どこに3-1』では、今現在のイスラエルパレスチナ排除にまで戦争目的を先鋭化している変化を、鴨志田記者が当惑を露わにして問うていた。

今年1月のNHKスぺシアル『衝突の根源に何が』放映後9カ月を経たイスラエルは、10・7で人質にされた家族さえ、家族の停戦と人質解放を求める訴えが戦闘の妨げとなることから、厳しく弾圧されていた。さらに歴史教師の平和を求めてガザの子供たちの悲惨な死をブログで伝える行為や、停戦と平和を求める人たちの活動が国家に対する扇動罪として、捜査逮捕される恐ろしい現実が描かれていた。

しかも右翼若者活動家は、停戦や平和を訴える催しを扇動だと断言し、これまでに数百件を超える停戦と平和への催しを阻止してきたことを自負していた。事実この若者は、映像で見るようにガザでの悲惨さを描く写真や絵の展示催しを暴力的に排除していた。

鴨志田記者の4万人を超える市民が殺されていることへの問いには、ハマスが始めた戦争であるからハマスに責任があり、「目には目を歯には歯を」の力による正義を挑発的にまくし立てていた。

現在のイスラエルは、1993年の「オスロ合意」以降ロシアからのユダヤ人移民が増え続け、パレスチナ人に依存する労働環境も変化し、産業も平和あっての大衆ハイテク商品から対テロ対策に特化されたセキュリティ関連のハイテク商品に変わり、リスクを肥しとして繁栄する国家に変化した。そうした背景もあって、現在のイスラエルは合意による平和でなく、力による平和を求めていると言えるだろう。

そのような変化のなかでは、2国間共存の平和を望む声は掻き消され、ネタニヤフ国連演説で示されように、自国民の安全と自衛権を理由に力による正義を貫こうとしている。具体的には演説で述べているように、地中海からインド洋に至るまでイスラエルに敵対する勢力を一掃し、安全が担保できる富める豊かな王道楽土を建設することである。まさにそれが、イスラエルの提唱する中東の平和構想なのである。

そのような現在のイスラエルに、停戦や和平協定締結を期待しても無駄である。事実ネタニヤフ国連演説後イスラエル軍は、ハマスを支援するヒズボラ一掃を掲げてレバノンへの地上侵攻を開始し、イスラエルレバノンの国境地帯に駐留する国連レバノン暫定軍への攻撃や侵入が相次いでいる。

この国連レバノン暫定軍は、2006年の中東危機で国連安保理決議によって派遣されているが、ヒズボラのロケット攻撃やイスラエル空爆に無力で機能してこなかった。そして今回のようなイスラエル軍の力による侵攻に対しても歯止めにならず、ガザでの侵攻同様に、ヒズボラ壊滅へと戦争の拡大は避けられないだろう。

イスラエルの後ろ盾となっているアメリカは、相次ぐハマス最高幹部の戦闘死亡を受けて、「今こそ停戦時機の到来であり、この戦争を終わらせる時である」とバイデン大統領は世界に向けて述べている。しかしネタニヤフ首相は相変わらず「ハマスが武器を置き、人質を返せば、戦争は終わると」とハマスの全面降伏を求めており、実際は停戦や戦争終結とは逆方向に動き出している。

私の創造的平和構想(2)

私はこれまで戦後ドイツのユルゲン・ハーバマスらの「批判理論」を学ぶなかで、現在の諸悪の根源となって問題を批判し、問題を解決する方向に導くことで善なる世界が実現すると思っていた。

例えば核の平和利用を掲げる原発に対しては、その危うさを検証する批判によって脱原発に導き、自然エネルギーへのエネルギー転換で気候変動解消だけでなく、格差のない世界、戦争のない世界に導けると思っていた。それ故日本の民主主義も、ドイツのように司法の政府からの独立によって、政治を官僚支配から官僚奉仕に変え、絶えず民主主義を進化させて行けば、究極的に経済の民主化を通して格差のない社会、世界平和に貢献する国へ変えて行くことができると思っていた。

しかし現実は、日本だけでなく世界の民主主義が後退を余儀なくされているのも確かである。したがって今年出した『核のない善なる世界』では、現在の世界は気候変動を益々激化させ、格差を恐ろしく拡げ、ウクライナ戦争では欧米の武器と資材提供によって国民の富を喰いつくしている現実を直視せずにはいられなかった。そこでは、現在の世界の愚行が来るべき大いなる禍を膨らませ、それが弾けるカタストロフィにこそ、禍を力として希望ある未来が拓かれると、検証を踏まえて論じた。

しかし今年に入り、ウクライナ戦争や中東紛争の終わりが益々見えなくなるだけでなく、世界が戦争に向かって走り出していることを強く感じるようになってきた。そうした人類絶滅ともなり兼ねない人類戦争に向かうなかでは、最早近い将来に押し寄せる禍を力として善なる世界を創り出すことを説いても、間に合わない気がしている。

現にイスラエルでは、人質解放と停戦平和を望む声が掻き消され、「目には目を」の力による正義一色へと変化し、中東からイスラエルを敵視する勢力を一掃するまで戦争を望むように、絶望的に変化している。

また世界を見れば、ロシア、中国、北朝鮮、イラン、シリアなどと世界が明瞭に分断されるだけでなく、EUのハンガリーポーランドなどの東ヨーロッパ諸国では民主国家から専制国家に変わり、ドイツにおいてさえ旧東ドイツ4州では極右政党AfDが第一党になるほど、恐ろしい変化が起きている。

そのような変化のなかでは、どこまでも真の“正義”を求め、「絶えず民主主義を進化させて行く」正論では最早対処できないことは明らかであり、現実を直視して、今という現在に対処して行かなくてはならない。

確かに今回載せた『“正義”はどこに3-1』では、「目には目を」と叫び、停戦平和イベントを扇動だと停止させるイスラエルの右派活動家若者は、恐ろしく病んでいるように思える。しかしそれは、ホロコーストという過去のトラウマによって、今停戦すれば再びホロコーストのような悲劇が再来するという恐れから来ていることも確かである。しかもイスラエルの殆どの人たちも、この若者同様に「目には目を」の力による正義を求めるなかでは、前回述べたように、アメリカのユダヤの多くの若者が「イスラエル主義」に目覚め、すべてのパレスチナ人とイスラエル人の平等、正義、そして希望ある未来を求めるような変化を期待しても無駄である。

アメリカのユダヤ人若者は、外から攻撃されるという恐れがないからこそ、ユダヤの源流思想「ティックン・オラム」に立ち返り、「あなたにとって嫌なことは、あなたの隣人に対してするな」、さらには「人にしてもらいたいと思うことを人にもしなさい」という利他主義を呼び起こし、反「イスラエル主義」運動に献身できるのである。

しかし現在のイスラエルの人たちは、自らの安全のため力による正義の侵攻を熱狂的に支持している。その支持の裏側には、早期に停戦すればガザのジェノサイドへの復讐心によって、パレスチナから10・7を遥かに超える攻撃がなされるという恐怖心があることも確かである。そのような恐怖心を抱えているなかでは、国際世論の高まりでアメリカが停戦決議に回り、国連決議で停戦を要請したとしてもイスラエルの侵攻は止まらないだろう。

現実的に現在の侵攻を止めるには、イスラエルの後ろ盾となっているアメリカがパレスチナ前線及びベイルート前線にアメリカ軍を割って入るしかないだろう。そのためにはアメリカ軍の介入が、イスラエル自衛権と安全を守る唯一の方法だと、イスラエル国民及びアメリカ国民が確信する必要がある。

もしネタニヤフ首相が国連で述べたように、地中海からインド洋までのイスラエル敵対勢力一掃に踏み切れば(現在のイスラエルの兵力からすれば可能であるが)、イランの後ろに繋がるロシア勢力が黙っている筈がなく、既に分断されている世界の激突は避けられない。

しかしアメリカ軍が割って入った地域に国連指導の下に、再生可能エネルギーによるエネルギー自立する数千人規模の国際平和コミュニティーが建設されて行けば、イスラエル人の安全を担保し、パレスチナ人の安全と支援、自由を担保するものとなるだろう。

もちろんそのようなコミュニティー建設は、ガザ境界やパレスチナ西岸のイスラエル移植住民との境界、さらにはベイルート国境及び200キロを超える海岸に渡ることから、数千のコミュニティー建設が必要である。

そのような数千のコミュニティーは人間を盾とする平和実現のコミュニティーであり、エネルギー自立だけでなく究極的には自給自足を目標とするコミュニティーである。しかもそのような創造的コミュニティー建設には少なくとも数百万人の動員が必要であり、数万人は世界の平和を願う志願する市民や専門家としても、前回述べたように殆んどが難民主体となる筈である。したがってそのような国際平和コミュニティーの実現は、現在の世界戦争の危機を解消するだけでなく、世界の難民問題、気候変動問題、格差問題を解消する切札にもなり得るものである。

それを本当に実現するためには、現在の「目には目を」の世界が「右の頬が打たれるなら、左の頬を向ける」くらいの寛容さで、利他主義に徹さなくてはならないだろう。

 

明日から妙高を離れるため次回は休みます。

(504)戦争と平和(10)映画『イスラエル主義』が語る本質的解決・私の創造的平和構想(1)

映画『イスラエル主義』が語る本質的解決(1)

上に載せた動画は2024年1月22日の「デモクラシー・ナウ」の放送であり、放送では映画『イスラエル主義』を紹介すると同時に、映画監督エリン・アクセルマンと今や反イスラエル主義の先頭に立つ主人公女性シモーネ・ジマーマンを通して、何故今アメリカの多くのユダヤ人若者がイスラエルのガザの侵攻や西岸占領政策に反対するかを語っていた。

映画『イスラエル主義』は、イスラエルの安全と利益のために身を捧げる愛国心教育で育てられた二人の実在の若者が、大学やイスラエル軍に入隊でパレスチナ人の抑圧による苦しみを知り、これまでの唯一イスラエルの安全と利益を優先する「イスラエル主義」に疑問を持ち、本質的解決を求めて立ち上がって行く実在の物語である。

シモーネは、祖父と祖母がナチズムのユダヤ人迫害のなかでポーランドからアメリカに逃げてきたユダヤ人家庭で育ち、大学で中東問題に接するまで「イスラム主義」を信奉するナイーブな女子学生であった。しかし大学の学生会議でアメリカの武器技術提供でのイスラエルからの投資撤退決議に反対した際、決議を求める悲痛な親パレスチナ学生の悲痛な声にショックを覚え、これまでの自分に疑問を持ち始めた。さらに翌年の夏パレスチナの西岸を訪れ、立ち退きを強いられる実態を目にして、大きく変わって行ったと語っている。

そしてシモーネは、アメリカのイスラエル占領政策支援終了とパレスチナイスラエルの本質的解決を求めるユダヤ人の活動家運動「IF NOT NOW」の創設者の一人となり、前回紹介したイスラエルの人権平和団体「ベェッレム」のアメリカ代表となって活動している。その活動では、すべてのパレスチナ人とイスラエル人の平等、正義、そして希望ある未来を求めている。

現在の一年間にも続くガザのジェノサイドに対して、無力な世界の現状からは絶望しか見えてこない。しかしユダヤ人若者の「イスラム主義」に反対し、中東の平和、平等、正義を求める声が映画『イスラム主義』上映を通してアメリカ全土に拡がり続けているだけでなく、今やネットを通して世界に拡がっている現状からはもう一つの希望ある世界が見えてきている(注1)。

尚この映画制作は「ティックン・オラム」プロダクションと表示されており、「ティックン・オラム」は既に述べたように、ユダヤの源流思想「すべてが愛をもって神に立ち返り、私たちの壊れた世界を修復する」であり、他者への愛をもって中東の平和を目標に掲げていると言えるだろう。

危機のなかで遅まきながら変化を求めている世界

映画『イスラエル主義』が描く、パレスチナ人への抑圧だけでなく、停戦平和を求めるイスラエル人を非国民として厳しく制裁する実態は2024年9月6日放送のNHKスペシャ『“正義”はどこに ~ガザ攻撃1年 先鋭化するイスラエル~』を見れば真実であることが理解できるだろう。特にイスラエル占領政策に基づいて入植が加速するパレスチナ西岸での暴力とアパルトヘイトは、これまでそれを描くこと自体が反ユダヤ主義とされてきたことから控えられてきた。それはまさに、戦前のドイツでの恐るべきユダヤ人迫害がナチズムの脅しによって控えられていた実態とも言えるだろう。

確かにこの放送でも一方的イスラエル批判にならないよう、残忍な10・7のハマス襲撃映像を載せ、直接的なイスラエル批判とならないよう配慮している。しかしイスラエルで停戦平和を求める人たちへの制裁映像やパレスチナ西岸での暴力とアパルトヘイトの実態映像は、明らかに鋭くイスラエルを批判している。

そこには遅まきながら、NHKを初めとして前回載せたドイツ第一公共放送など、世界の公共放送も映像を通してイスラエル批判にようやく動き出したように感じる。それは裏返して言えば、世界に危機が迫っているからである。具体的にはイスラエル軍の侵攻拡大のなかで中東の平和が絶望視され、ウクライナ戦争も益々終わりが見えなくなり、ゼレンスキー大統領は国内が廃墟となって行くなかで、ロシア侵攻さえ打ち出しているからである。

ロシアへの侵攻は欧米の最新兵器が使用されれば、ロシアの防衛網が手薄なことから大進撃もあり得ることであり、そうなればプーチンの最初に宣言した核の限定使用にもなりかねない。

またイスラエルレバノンを越え、イランとの戦争が始まる公算は高く、そうなれば圧倒的に戦力でまさるイスラエルが制圧するとしても、中東紛争は益々憎しみの連鎖によって、核兵器テロさえ起りかねない危機へと突入して行くからである。

確かに喫緊に求められるのは停戦であり、停戦を通して二国間共存の「オスロ合意」を実現しなくてはならない。しかし現在のアメリカ主導のパレスチナの再建と中東の平和実現には大きな問題があり、イラクアフガニスタンの挫折を見れば明かである。

2003年のイラク戦争では、中東の安全と平和、さらには中東の民主化という大きな目標を掲げ、連合国は圧倒的に勝利した。しかし戦後の復興では、ナオミ・クラインが言うように、連合国暫定政府(政府と企業が一体化したコーポラティズム体制)はビジネスを優先させ、イラクの残された冨と連合国の公的資金を喰いつくして行った。その結果、治安が以前より悪化し、反米感情が高まるなかで、大きな負の遺産を残して2009年アメリカ撤退で幕を引いた。

そのようなナオミ・クラインの描いた惨事便乗型資本主義の視点に立てば、現在のウクライナ戦争や中東戦争も果てしなく続くことで、政府と企業が一体化したコーポラティズム体制の世界が、平和のためというお題目で、武器や資材提供によって国民のお金を喰いつくしているという見方さえできる。実際世界経済は、戦争特需によって一時的に上向いているとも言える。

しかし果てしなく続く戦争継続によって利益追求する世界は、最早末期的であり、破綻に向けて突き進んでいると言えるだろう。しかも世界の大部分の人たちは、公的資金が戦争によって喰いつくされて行くことから、益々貧しくなっている。

私の創造的平和構想(1)

このような世界の末期的危機のなかでは、本質的解決は世界国々が利他主義に徹するしかないように思われる(注2)。

それは上に述べた「イスラエル主義」に反対するアメリカのユダヤ人若者たちが、すべてのパレスチナ人とイスラエル人の平等、正義、そして希望ある未来を求めて運動していることからも見えてくる。事実ユダヤ思想の源流「ティックン・オラム」は、利他主義に行き着いている。

例えばユダヤ問題に取組むユダヤ人の緑の党EU議員セルゲイ・ラゴディンスキーは、「私にとって、この思想はより進歩的であり、ユダヤ教ではティクン・オラムという考え方が非常に強く、他人に良い生活を提供する場合にのみ私たちはよく生きることができ、私たちがともに平和でいられるという事実が私の心に刻みつけられている(„Für mich ist der Begriff eher das Progressive und die Tatsache, dass in der jüdischen Religion dieser Gedanke von Tikun Olam sehr stark ausgeprägt ist, dass wir nur dann gut leben können, wenn wir für ein gutes Leben für andere sorgen, dass wir nur dann mit uns im Reinen sein können, das ist schon etwas, das für mich prägend ist“)」と述べている(注3)。

そのような利他主義の視点に立てば、現在の世界の危機は止まらない戦争、激化して行く気候変動、増え続ける難民であり、そのような危機を同時解決して行くことも決して不可能ではない。

たとえば紛争地域に国連軍投入による緩衝地域ではなく(しかも国連軍創設は現在の国連では拒否権で不可能)、難民を取り込めるエネルギー自立の再生可能エネルギーコミュニティーを創り出すことで同時解決できると、私は考えている。

もちろん難民の人たちだけでなく、紛争国の人たちに加えて、志願する世界の人たちが参加するコミュニティーであり、構想が実現して行けば本質的解決となる筈である。しかしそのようなコミュニティー建設は、紛争真っただ中に人による盾であることから、たとえ国連主導でなされたとしても、命の危険があることは確かである。

それでも、「お前は自虐するユダヤ人であり、死ね!」と脅かされても怯まないアメリカのユダヤ人若者たちや、「裏切り者、テロリスト!」と罵られても止めないイスラエルの平和活動家たちを思うとき、そのような企画が為される時命の危険があるとしても、世界の多くの人たちが参加志願すると確信する。

私自身も今年77歳になったが、朝は読み書き、昼は農仕事にあけくれ、まだまだ意欲があることから、そのような企画があれば真先に志願したい。確かに人間は、自らの人生を振り返っても自己中心的であり、シェーム、シェームの悔いることばかりであるが、人は他者のために生きれる時生きがいと喜びを感じ、最も輝いているように思うからである。

もっとも今回は私の創造的平和構想を僅かに輪郭しか述べておらず、荒唐無稽な構想と思われても仕方がない。次回は納得が得られように、もっと詳しく具体的に述べていきたい。

(注1)映画『イスラム主義』は下のアドレスで見られ、私も寄付と思い見たが、英語字幕であり、そのような映画を見慣れている人以外はお薦めできない。もっともワンカットワンカットをじっくり見れば、素晴らしい映画と思った。

https://www.filmsforaction.org/watch/israelism/

 

(注2)今年四月に出した『核のない善なる世界・禍を力とする懐かしい未来への復活』では、EU市民の地域エネルギー自立の再生可能エネルギーへの取組みは活気的2030年のパリ協定の実現に迫っているが、それ以外の世界は実現努力に欠けており、気候変動激化は必至であり、洪水、干ばつ、食料危機、新たな伝染病襲来は避けられない未来を述べた同時に禍が押し寄せて来るとき、エネルギー自立を達成した地域が世界の他の地域に利他主義で資材やノウハウを提供して行けば、気候変動解消できるだけでなく、まったく新しい「核のない善なる世界」を創り出すことができる物語であり、しかも論理的であると自負している。

(注3)

https://www.deutschlandfunkkultur.de/gruenen-politiker-sergey-lagodinsky-als-saekularer-jude-ins-100.html

(503)戦争と平和(9)イスラエル占領政策に向き合えない世界・本質的解決はユダヤ源流思想にある

『NO Other Land』が世界に訴える祈り

上の動画は2024年2月のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した『NO Other Land』の予告フィルムであり、ドイツに物議を投げかけると同時に、今もガザの本質的な平和解決を求めて世界に問いかけている。

パレスチナ西岸に住むパレスチナ人のバーゼルアドラー(弁護士、ジャーナリスト)は、村々の家屋が入植のためイスラエル兵士によって取り壊される憤りのなかで育ち、村々が根絶されていく不条理に抵抗し、悲しみと怒りを込めて撮影し続けてきた。ある時バーゼルイスラエル人ジャーナリストのユヴェル・アブラハムと出会い、彼の抵抗への共鳴によって友情が芽生えていた。そして10.7のハマス虐殺テロ攻撃後パレスチナ西岸での復讐とも言うべき暴力の連鎖が拡がるなかで、パレスチナ人写真家のハムダン・アビルとイスラエル人撮影家レイチェル・ゾーを加えて四人で、より大きな正義への道を求めてドキュメンタリー映画を、創造的な抵抗運動として制作した。

ベルリン国際映画祭では審査員が絶賛して最優秀ドキュメンタリー賞に『No Other Land』を選び、授賞式では会場は拍手喝采で讃えた。監督の受賞挨拶では、バーゼルアドラーは、「ガザの人たちが虐殺されているなかで、この映画の受賞を祝う気持にはなれない」と述べ、ドイツにイスラエルへの武器輸出停止を求めた。

またユヴェル・アブラハムは、パレスチナ西岸で行われているアパルトヘイトについて非難して語り、ガザの即時停戦を求めた。閉会式では他の部門で受賞したベン・ラッセル監督も、「私たちもここでの暮らしのため立ち上がり、今すぐの停戦を求めます。もちろん私たちはジェノサイドに反対であり、すべての同志と連帯します」と述べ、会場の拍手喝采のなかでベルリン国際映画祭は閉幕した(注1)。

しかし翌日のメディアは、ベルリン市長カイ・ヴェグナーの「ベルリンは自由を守ることに関して明確なスタンスを持っています。これはまた、ベルリンがしっかりとイスラエルの側にいることを意味します」との見解で、市長が受賞式の演説及び授賞式自体が反ユダヤ主義であったことを批判し、ベルリン国際映画祭主催者に措置を求めたことを報道した(注2)。

またイスラエル大使ロン・プロソールは、「ベルリン国際映画祭では、反ユダヤ主義と反イスラエルの声明が万雷の拍手で迎えられた」と述べ、反ユダヤ主義イスラエル批判が、言論の自由と芸術の自由を装って称賛されることを激しく非難した。

さらに政府の社会民主党のスポークスマンから左翼党リンケのスポークスマンに至るまで、授賞式が反ユダヤ主義であったとの批判も載せられていた。

このような批判に対して、ホロコーストで父親家族の殆ど殺されたイスラエル人ユヴェル・アブラハム映画監督は、ガーディアン紙の取材で「ホロコースト生存者の息子としてドイツの地に立ち、停戦を呼びかけ、反ユダヤ主義のレッテルを貼られることは言語同断であるだけでなく、文字通りユダヤ人の命を危険に晒すことである」と述べ、ドイツの反ユダヤ主義イスラエル批判をタブー視する姿勢はホロコーストの贖罪からくるとすれば、その対処は間違っていると指摘した。

そのような指摘は、ブログ(501)で書いたドイツで暮らす100人にも及ぶユダヤ知識人や芸術家の抗議書簡にも見られた。抗議書簡ではイスラエル批判を反ユダヤ主義によって縛る「ユダヤ人の生活を守る」草案決議に対して抗議し(ドイツ政府は今年10月7日までに決議したいとしている)、「現在の草案決議は危険です。それは言論の自由を抑圧し、ドイツを他の民主主義世界から孤立させ、民族的・宗教的少数派、特にすでに警察の暴力の標的となっているアラブ人やイスラム教徒の隣人をさらに危険にさらすことになります」と述べている。そしてドイツにおけるユダヤ人の生活を守る唯一の方法は、「すべての少数派の権利を保護し、維持し、強化することです」と主張している。

そこにはユヴェル・アブラハム映画監督同様に、少数弱者であるパレスチナ人への共感と愛が感じられ、本質的な解決の糸口が感じられる。

イスラエルのジェノサイドに向き合えない世界

しかしこれまで戦う民主主義を掲げてきたドイツの公共放送もイスラエル批判は避けており、ベルリン国際映画祭からユダヤ知識人や芸術家の「ユダヤ人の生活を守る」草案抗議書簡に至るまで、本質的に向き合えていない。

それは、9月27日の国連総会でのネタニヤフ演説の報道では象徴的であった。特筆しなくてならないことは、戦う民主主義を掲げ気候変動や極右台頭に激しく批判してきたドイツ第二公共放送ZDFはイスラエル批判が殆どなく、今回のネタニヤフ国連演説では、イスラエル批判になることからZDFheuteニュースでは報道を控えた。もっともドイツ第一公共放送ARDのTagesshauニュースでは、国連でのネタニヤフ演説の有様を映像でそのまま伝え、国連でのイスラエル批判がいかに強いか伝えていた。

しかしドイツでは、ドイツ政府自身がイスラエル批判と反ユダヤ主義を同一視する国際ホロコースト記憶同盟(IHRA)の定義を採用していることから、公共放送や主要メディアは、イスラエル批判となる理由でガザ虐殺でも積極的に向き合えていない。

むしろ日本の公共放送は今年2024年初頭まで、ガザのジェノサイドを映像と取材で踏み込んで伝え、国際社会の停戦努力責務を訴えていた。もっとも2月以降はイスラエル政府の抗議が強まったこともあって、ジェノサイドは益々激化して行ったにもかかわらず、踏込んだ報道がなされてこなかった。9月27日のネタニヤフ国連演説に対しては日本の公共放送NHKは国連会場でのイスラエル批判が如何に強く、関与する中東諸国、中国からロシア支持国だけでなく、アフリカなど途上国の国々が退場する有様を映像でしっかり伝えていた。しかしその報道は28日早朝5時のニュースだけであり、如何にイスラエル批判に憂慮しているかが感じられる。

また私の購読している朝日新聞では、28日の紙面には国連でのネタニヤフ演説は非常に重要であるにもかかわらず、まったく載せられていなかった。そして29日3面の「中東紛争拡大の危機」で、ネタニヤフの国連演説イスラエルヒズボラ攻撃の1時間前になされたとあるだけで、イスラエル批判となりかねないネタニヤフ国連演説にまったくふれていなかった。

上に載せたイスラエル報道機関のネタニヤフ国連演説は、イスラエル市民には安全に暮らす権利があり、その権利の脅威が取除かれるまで軍事作戦は継続され、脅威の根源であるイラン攻撃も辞さず、さらなる戦争を正当化するものであった。そこでの主張は、地中海からインド洋に至るまでイスラエルに敵対する勢力を一掃し、イスラエルに友好なアラブ諸国と成長と発展の豊かな王道楽土を建設するというものであった。それは、戦前の日本が植民地支配されていたアジアの国々と相互扶助で築く大東亜共栄圏構想のようにも聞こえた。

しかしイランの背後には中国やロシアがいることは紛れのない事実であり、イランへの戦争の拡大は世界戦争への扉を開きかねない、恐るべき挑発である。

それにもかかわらず、それに世界が真摯に向き合えないとすれば、世界戦争を容認することであり、世界は喫緊に本質的解決を追求する責務がある。

本質的解決はユダヤ思想の源流にある

ユダヤ人映画監督ユヴェル・アブラハムパレスチナへの連帯と平和への希求やドイツで暮らすユダヤ人芸術家や知識人の抗議書簡での少数弱者への権利保護優先の考えは、何処から来ているのだろうか?

それを調べて見ると、2000年に渡ってユダヤ人が実践してきたユダヤ思想の源流「ティックン・オラムTikun Olam」に行き着いた(注3)。「ティックン・オラム」はヘブライ語で「世界を修復する」という意味であり、「すべてが愛をもって神に立ち返り、私たちの壊れた世界が修復されますように」と願う考えからきている。

ホロコースト後の戦後「ティックン・オラム」を信奉する人たちは、社会正義を求め世界をより良い場所にする運動を展開し、1980年代にはニュ・ユダヤ・エージェントを設立して「公正な秩序」実現を求めて行った(注4)。「公正な秩序」とは環境正義や経済正義だけでなく、中東の平和実現であり、究極的に戦争のない世界の実現である。

そして1989年にはイスラエルの人権平和団体「Btselemベェッレム(Beselemとはすべての人間は平等に創造されたという基本的な道徳原則であり、ティックン・オラムと表裏一体をなしている)」を設立し(注5)、「ヨルダン川と地中海の間の土地に住むパレスチナ人とイスラエル人のすべての人々に、人権、民主主義、自由、平等を保証する未来を実現するための唯一の方法であるとの認識のもと、イスラエルの占領を終わらせることを目指す」と目標を掲げて、中東の和解と平和の実現に取組んでいる。

このイスラエルの人権平和団体「ベェッレム」は(注6)、10月7日のハマステロ襲撃に対して許されない犯罪であると批判すると同時に、その後イスラエルのガザ侵攻は住民を一掃するものだと非難し、すべての人間が平等に創造された道徳的基本原則(ベェッレム)を放棄するものであり、人間性喪失であると訴えている。

そして2023年末の報道では、イスラエル批判が反ユダヤ主義であるという非難が高まるなかで、「国際社会は(自国)イスラエルに対して超えてはならないレッドラインを明確にすべきである」と訴えている。

確かに国際社会のイスラエルの戦争継続に批判は高まっていることは、ネタニヤフ国連演説で殆どの国が退席する映像からも確かである。しかし一時的停戦決議さえ無視するイスラエルに、なんら制裁を与えることができず、イスラエル批判さえできないことも確かである。

しかしそれでは、現在のウクライナやガザのジェノサイド、さらにはミャンマー民主派市民のジェノサイドを見るにつけても、世界は力によって徐々に無法化されて行き、破滅の道を選ぶしかない。

世界はユダヤ源流思想によって、今こそ修復されなくてはならない。

次回はユダヤ源流思想「ティックン・オラム」を通して、国際社会は具体的にどのようにすれば、本質的に解決可能か考えて見たい。

(注1)Israeli director receives death threats after officials call Berlin film festival ‘antisemitic’ | Film | The Guardian

(注2)ベルリナーレでの授賞式後の反ユダヤ主義の告発 |tagesschau.de 

(注3) Tikkun Olamの歴史と進化

https://www.brandeis.edu/jewish-experience/history-culture/2023/may/tikkun-olam-history.html

(注4)新しいユダヤのアジェンダ - Wikipedia

(注5)中東の平和提案

https://tamhunt.medium.com/a-modest-proposal-for-peace-in-the-middle-east-all-are-in-gods-image-44c2902ea2ac

 

(502)戦争と平和(8)なぜ人類はジェノサイドを続けるのか?【4】・『衝突の根源に何が』が訴えるもの2-2・平和解決は可能か?

公共放送『衝突の根源に何が』が訴えるもの

NHKスペシャル『衝突の根源に何が・記者が見たイスラエルパレスチナ』の2-2では、両者の代表が解決をどのように考えているか聞いている。

強硬姿勢を採るイスラエルのニル・バルカト経済産業相は、記者の「ガザ攻撃が“戦争犯罪”と見られるのではないですか」という質問に対して、「それはハマスに言ってください。彼らが降伏すればすぐに戦争は終わるのです」と強く反発し、最初からまったく話合おうとする姿勢がなかった。

彼によれば、国際法違反とされるイスラエルパレスチナ入植も、そこが嘗てユダヤの地であったことから違反ではなく、すべての戦争の原因と見なされている占領政策を正当化していた。しかもまったく歩み寄る余地がなく、“力による解決”しかないとさえ、宣言しているように思えた。

一方パレスチナ解放機構PLO)代表のジブリル・ラシューブ事務総長は、イスラエルの現政権が存続する限り、二国家共存することは不可能だと主張しながらも、「双方の政治体制が共存することが、唯一の解決策です。イスラエルの敵でもなく奴隷でもない隣国になるのです。しかし犯罪的で腐敗したメタニアフ政権は嘗て中東諸国の主権と平和を脅かし、イスラエル自らの存続も脅かしています」と述べ、二国家共存に解決を求めていた。

そのように双方の歩み寄りの余地がまったくないなかで、鴨志田記者は30年以上も双方の痛みを見つめてきたイスラエル人ジャーナリストのアミラ・ハス女史に解決の道を聞いている。

アミラ女史は、「私が何年も伝えてきたことの一つが、イスラエルが占領を続けるかぎり平穏な日常は訪れないということでした。ある時点で爆発するだろう」との思いを吐露していた。そしてこの負の連鎖を断ち切るための質問に対しては、「もう内部からの変化は望めません。外からの介入が必要です。……世界はもうこの争いを止めることを諦めてしまったかのようです。しかし血まみれの惨状をどうして放っておけるのでしょうか?この争いは世界大戦を引き起す恐れすらあるのです」と訴えていた。

そしてフイルムのラストは、鴨志田記者自身の声で「イスラエルパレスチナの人々は今長い苦難の歴史の記憶から逃れられず、目の前の悲劇を止めることもできずにいました。取材を通じて人々が口にしたのは、“もはや自分たちの力では暴力の連鎖を止めることはできない”という悲鳴のような訴えでした。あまりにも多くの命が奪われていくこの不条理から、私たちは目を背けるわけにはいかない。そう強く感じました」と結んでいた。

なぜイスラエル占領政策が止められないか

なぜイスラエル占領政策が止められないかについては、同時期の1月29日に放送されたクローズアップ現代「止まらないガザの殺戮」が簡潔に語っていた。

取材したホロコースト研究の第一人者で、ユダヤ人のモシェ・ジメルマン教授は、「『ナチスにやられたのは自分の弱さのせいだ』と言われるため、サバイバーは体験を語ることができませんでした」と語っている。さらに戦争が繰り返されるなかで、政府は建国から長い間ホロコーストの記憶を利用してきたと指摘し、「『私たちは犠牲者だから攻撃を受けたら何をしてもいい』。和平交渉よりも武力に行使するのが国のメンタリティーになってしまっています。ホロコーストの記憶を、攻撃を正当化する道具に変えていったのです」と述べていた。

そして番組キャスターの桑子真帆は、ホロコーストが弱さの現われであり、軽蔑の対象になって行ったことを踏まえて、「それが(軽蔑)、アラブ諸国との戦争が繰り返される中で“国民を統合する”、まとめるために利用され、ひいては“攻撃を正当化する” ためにも利用され、それが今にもつながっているということです」とモシェ教授の主張を噛み締めるように繰り返していた。

世界はガザのジェノサイドを止めることができるのか?

9月18日の国連総会(193カ国)は、イスラエルに対し、パレスチナ占領政策を1年以内に終わらせるよう求める終戦決議を124カ国の賛成多数で採択した。決議では、占領地からのイスラエル軍撤退や土地の返還、新たな入植地建設の停止を要求。各国には、占領地で使用される可能性がある武器をイスラエルに供与しないことや、占領に関与した個人や法人に制裁を発動することを要請している。

しかしこの決議に法的拘束力はなく、イスラエルアメリカが反対し、日本が賛成にもかかわらずドイツや英国など43ヶ国が棄権したことからも、戦争を終わらせることの難しさを感じないではいられない。

しかもこともあろうに国連決議の前日と当日に中東レバノン及びシリアで、ハマスの後ろ盾となっているイスラムシーア派組織ヒズボラのメンバーが持つ通信機器が一斉に爆発し、死者37人、負傷者約3000人を出したと報道された。ニューヨークタイムズによれば、この通信機器はハンガリーのBAC社製造とされたが、このBAC社はイスラエルのフロント(隠れ蓑)企業であり、イスラエル諜報員が電池に爆薬を混ぜ製造していたと伝えている。

このような前代未聞の一斉爆発は、その直後報復前にイスラエルレバノンの軍事基地及び首都ベイルートの作戦本部などを大規模に空爆していることから、イスラエル政府の関与は明らかであろう。

それは、国際連盟で日本の属国である満州帝国を認めない決議した際日本が激高して国連から脱退したことを思い出させずにはいられない。親米よりの松岡洋右全権大使が激高して脱退したが、現在から見れば日本帝国が占領政策で突き進むなかで、起きるべくして起きた脱退であった。

なぜなら利権構造で構築された大本営にとって占領地からの撤退は、積み上げられた利権をすべて放棄することであり、そのような選択肢はないからである。

そして現在のイスラエルのネタニヤフ政権は、ネタニヤフ自身汚職容疑にまみれ、閣僚は利権屋ばかりだと世界から報道批判されるほど、利権剥き出しの人事である。そのような政権ゆえにネタニヤフ独裁政権が継続する限り、たとえアメリカが停戦賛成を要請しても、占領政策パレスチナに止まらず、レバノン、シリア、イランへと拡大して行く公算が高い。

停戦を実現するためには選挙での政権移行が不可欠であり、一旦戦争がガザ完全制覇で止まれば、政権移行の可能性は極めて高い。それ故にネタニヤフ独裁政権は戦争を止めないために、現在はレバノンへと計画的に戦争を拡大しているように思われる。

次回は今年ベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した、2023年10月7日のハマスのテロ虐殺直後に撮影されたパレスチナ西岸での小さな村での悲惨な復讐とも言うべきドキュメンタリー『No Other Land 』を取り上げて、本質的な平和への解決を考えて見たい。

またユダヤ思想の源流である「ティックン・オラムTikun Olam(世界の修復)」の善なる思想を通して、気候正義に基ずく世界の平和な新たな創造を考えて見たい。

(501)戦争と平和(7)なぜ人類はジェノサイドを続けるのか?【3】・『衝突の根源に何が』が訴えるもの2-1・ドイツの沈黙する理由

なぜ和平合意が不信と諦めに変わって行ったのか

上の動画は、2024年1月30日に放映されたNHKスペシャル『衝突の根源に何が・記者が見たイスラエルパレスチナ』であり、NHK特派員の鴨志田郷記者の視点で真相に迫っていた。

冒頭では「私がエルサレム支局の記者として取材していたのは20年前。当時イスラエルパレスチナの指導者たちは衝突を繰り返しながらも和平の可能性を探っていました。しかし今対立はかつてないほど深まり緊張は極限に達しています。なぜ誰もこの衝突を止めることができないのか」、記者自身の問いかけから始まっている。

そして現在のガザの悲惨な状況が映し出され、唯一の中核病院で看護師として働くマフムードさんは、一万人以上の子供たちが犠牲者として殺されていく地獄絵のなかで、「いまガザで起きているのは戦争というよりジェノサイドです。……家族全員が住民票から抹消され、祖父、子孫の全員が存在しなかったように消されています」と悲痛な叫びで世界に訴えている。

一方イスラエルでは世界からジェノサイドと非難されるイスラエル攻撃に対して、イスラエルの市民が「他に選択肢はない」と語るように、世論調査でもイスラエル市民の8割以上が「ガザ住民の苦痛に配慮しなくてもよい」と考えており、ジェノサイドを容認しているとさえ言える。

そこには、かつてのイスラエル市民の二国平和共存の思いがまったく消え失せ、イスラエル市民の殆どが「力による支配」を解決策として求めていることが感じられる。

そうした状況への変化のなかで鴨志田記者は、20年前和平を目指したイスラエルパレスチナの当事者を訪ね、なぜそのように変化したのかを聞いている。

両者の当事者たちは、当時イスラエルパレスチナは和平実現の期待が高まり期待が膨らんで行ったと述べていた。しかし両者の期待は失望に変わり、イスラエルは入植地を拡大して占領を継続し、パレスチナも過激テロを繰り返してハマスパレスチナ解放へ向かって行った、と番組は語っている。

イスラエル首相特別顧問ヨシ・アルファ氏は、「イスラエルではパレスチナを“2国間共存”の相手として信頼する機運が失われていきました。もし解決したいなら互いに協力すべきなのに、我々はそれをしませんでした。両者ともにです」と悲哀を込めて述べていた。

また元パレスチナ暫定自治政府ガッサン・ハティブ氏は、「パレスチナの若者の大半は平和的な手段で目的を達成する可能性を諦めてしまいました。ハマスが支持を集めているのは交渉による解決が失敗し、若者たちに希望を与えることができなかったからです」と述べていた。しかもガッサン氏は、今回の衝突の原因が和平挫折の失望からきていると述べていると、番組は語っていた。

 

本質的な原因は

番組では述べられていなかったが、1990年のイスラエルの人口482万が2000年には600万人に達し、2020年には900万人を超え、その成長発展の著しさは驚くものがある。しかも平均寿命は82.7歳(女性84.7歳、男性80.8歳)で世界で最も長く、豊かさが感じられる。

しかしイスラエルの子供たちの3割が貧困であると報告されており、ОECD諸国の中で最も格差がある国としても知られている。そのようなイスラエルは、政治、社会、教育で強者志向最優先の新自由主義国とも言われている。

特にイスラエルは「オスロ合意」後に、新自由主義に激変して行ったことから、最も弱者であるパレスチナを“2国間共存”の相手として信頼する機運が失われ、為すべき協力を怠り、入植推進で領土拡大に舵を切って行ったように思える。

そこには近代国家が領土拡大を求め、“力こそ正義”を掲げた帝国主義の片鱗を感ぜないではいられない。

 

ドイツがガザのジェノサイドに沈黙する理由

ドイツでは昨年春から極右政党AfD支持の拡大にともない、反ユダヤ主義の犯罪が記録的に更新していたことから(2023年第一四半期379件、第二四半期446件、第三四半期540件)、10月7日ハマスのテロ攻撃直後の12日の連邦議会でシュルツ首相は「反ユダヤ主義は在ってはならないものであり、反ユダヤ主義と戦うためにできる限りを行使する」と述べている。

そして12月19日に以下のような政府表明で、刑法の強化とユダヤ施設の保護措置行使の「ユダヤ人の生活を守る」法案の草案を提起している(注1)。

反ユダヤ主義はドイツに在ってはならず、民主主義法治国家と社会全体の中心的な課題である。連邦政府は、ドイツにおけるユダヤ人の生活をさらに支援強化するために全力を尽くします(Antisemitismus hat in Deutschland keinen Platz: Der Kampf gegen Antisemitismus ist eine zentrale Aufgabe unseres demokratischen Rechtsstaats und der gesamten Gesellschaft. Die Bundesregierung setzt sich mit aller Kraft dafür ein, das jüdische Leben in Deutschland weiter zu stärken und zu fördern)

しかもドイツ政府は、イスラエル批判をイスラエルの存立を疑問視したり、根本的に悪の国家と描いたり、イスラエル以外の他国に較べより多く期待することを反ユダヤ主義という見解を採っており、ガザのジェノサイドに沈黙し、世界のイスラエル批判に目を瞑っている。

しかしドイツの大学では、ガザでのジェノサイドに対して抗議行動が拡がり、ベルリン自由大学では2024年5月初め中庭に150人ほどの参加者の抗議テントが設置されたが、警察の導入によって排除撤去された。これに対して1000名を超えるベルリンの大学教師たちはが署名入りで、「私たちは学生と共に立ち、平和的な抗議行動を擁護する」という内容の公開書簡を出した(注2)。

この公開書簡には、5月10日のビルト紙が伝えるようにベルリン市長や反ユダヤ主義を信奉する歴史学者などから激しい批判が湧き上がったことから、連邦教育省を巻き込んで行った。具体的にはベッティーナ・シュタルク・ヴァツィンガー連邦大臣(FDP)は、公開書簡は10月7日のハマス虐殺テロに触れていないとして、反ユダヤ主義の判断から署名した大学教師たちの研究費削減を示唆した(注3)。しかし教育省の事務的責任者の事務次官ザビーネ・デーリング(元大学哲学教授)は研究費削減の見直しを求めたことから解任され、問題は益々拡がっている。

 

ユダヤ知識人の抗議書簡から学ぶもの

また8月26日にはドイツで活躍する100人近いユダヤ人学者、作家、芸術家が署名入りで、昨年末から議論されている「ユダヤ人の生活を守る」草案の連邦議会決議に抗議の書簡を公表している(注4)。

書簡では、「現在の草案決議は危険です。それは言論の自由を抑圧し、ドイツを他の民主主義世界から孤立させ、民族的・宗教的少数派、特にすでに警察の暴力の標的となっているアラブ人やイスラム教徒の隣人をさらに危険にさらすことになるでしょう」で始まり、「それはユダヤ人の声を沈黙させ、ドイツ国内外で活動するユダヤ人の学者、作家、芸術家を危険にさらすでしょう」と述べている。

また反ユダヤ主義の定義で、ドイツではユダヤ人批判とイスラエル批判を同一する国際ホロコースト記憶同盟(IHRA)の定義のみを採用しており、イスラエルに対する批判を沈黙させるために誤用されていると指摘している。

また草案に対して、反ユダヤ主義がドイツへの移民によって拡がっているとしているのは間違いであり、極右AfDによっていることは明かであり、本質的に極右に対処することを示唆している。

そして最後に、「私たちは、ドイツにおけるユダヤ人の生活を“保護し、保存し、強化する”唯一の方法は、すべての少数派の権利を保護し、維持し、強化することであると確信します。ホロコーストのジェノサイドから学ぶべき教訓が一つあるとすれば、それは“二度と繰り返さない”とは“すべての人にとって二度と繰り返さない”ということです」と述べている。

この書簡から学ぶべきことは、戦争のない世界を創り出すためには、「すべての少数派(弱者)の権利を保護し、維持し、強化」することであり、「すべての人にとって二度と繰り返さない」とは、すべての国がガザのジェノサイドに直ちに停戦を決議し、弱者の権利保護の視点に立って解決することではないだろうか。

(注1)

https://www.bundesregierung.de/breg-de/aktuelles/gegen-antisemitismus-2231878#:~:text=Strategie%20gegen%20Antisemitismus%20%3A%20Ende%202022,die%20F%C3%B6rderung%20j%C3%BCdischen%20Lebens%20behandelt.

(注2)

https://duitslandinstituut.nl/artikel/60184/israel-kritiek-is-taboe-in-duitsland

(注3)

https://www.tagesschau.de/inland/innenpolitik/stark-watzinger-forschungsmittel-staatssekretaerin-100.html

(注4)

https://taz.de/Dokumentation-Protestbrief/!6032239/

(500)戦争と平和(6)なぜ人類はジェノサイドを続けるのか?【2】・公共放送『731部隊の真実』が訴えるもの(戦争犯罪を自ら反省していない日本)

優性思想の下で戦後も法を強化した反省なき日本

今年7月3日最高裁判決で、1996年まで継続された優性保護法違憲判決がだされた。判決は、「不妊手術を強制することは差別的取扱いで、(憲法の)個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反する」と言い渡し、国に賠償を命じた。この優性保護法は、1948年戦地からの引き揚げや出産ブームで、人口の急増が社会問題となり、人口を抑制する必要があるとして、障害がある子供は生まれてこない方がいいという優生思想の下で、強制不妊手術が開始されたと解説されている。

確かに戦後の人口急増が社会問題となり、人口抑制に迫られたことはあったとしても、それ故に切迫的状況で誤った法が作られたとするのは余りにも短絡的な気がする。

優性思想は急速に近代が発展するなかで、19世紀末「優れた人間の遺伝子を残し、劣った人間を淘汰すれば社会は発展する」という優生学誕生の下で拡がって行った。そしてホロコーストの大罪を犯したドイツでは、1933年断手法(強制不妊手術)で40万人もの障害者が手術され、36年にはT4作戦(障害者大量殺戮)が実施された。それは、ユダヤ人600万人ジェノサイドのホロコーストのリハーサルであったと、真摯な反省がなされている。

日本はドイツの流れを受けて1940年に国民優性法を成立させているが、強制不妊手術に対しては医学者の反対で見送られた。しかしそれにもかかわらず戦後の日本では、そのような優性法が強制不妊手術の優性保護法として逆に強化されたのであった。

それは同じ優性思想から、戦後ハンセン病が特効薬プロミンによって劇的な完治がなされたにもかかわらず、半世紀隔離政策が強化継続された「らい予防法」を見ても同じである。

感染力の非常に弱いハンセン病は1931年より隔離政策が採られ、1952年WHOの隔離政策見直しの提言にもかかわらず、「特効薬による完治は疑わしく、伝染を防ぐためにも脱走者に対して逃亡罪を適用すべきである」という戦前の内務省衛生局の頂点に君臨した光田健輔の意見で、1953年の「らい予防法」で逆に強化されたのであった。

日本では戦前の富国強兵と殖産興業を目的とした官僚支配構造が温存され、旧内務省衛生局の組織が生き残ったため、優性思想が継続されたと言えるだろう。

確かに日本では、広島と長崎の原爆投下や都市無差別爆撃による大量市民ジェノサイドに対しては、二度とあってはならないとして世界に訴え、2021年発効された「核兵器禁止条約」として結実した。しかし日本政府はこの条約に参加しないだけでなく、日本が戦争下で行ったジェノサイドに対しては自ら積極的に反省していない。

公共放送『731部隊の真実』が訴えるもの

日本が戦争の本質的な反省をしてないと言われるのは、上に載せた公共放送が掘り起こした『731部隊の真実』で見るように、3000人を超える人々の悲惨な人体実験とジェノサイドに対して自ら調査解明しようとせず、認めさえしていないからである。

そのような日本政府の姿勢は、海外のジェノサイド研究者が指摘する500万人を超える市民ジェノサイドを積極的に調査解明し、真摯に反省すれば、戦争犯罪を引き起した官僚支配構造(大本営)がドイツのように解体されることになり兼ねないからであろう。

しかし『731部隊の真実』のなかで、証拠隠滅のため死体処理を命ぜられた少年兵三角武さんは当時の悲惨を回想して、「戦争とはこんなものか、戦争は絶対するものじゃない」と涙ながらに絶叫している。

また細菌培養を受持った医学者柄沢十三夫は裁判の証言で、「なお私は自分の犯した罪の非常に大きなることを自覚しております。そして終始懺悔し、後悔しております。……もし余生がありましたならば、自分の行いました悪事に対して生まれ変わった人間として、人類のために尽くしたいと思っています」と述べているが、刑期を終えて帰国直前に自殺したと伝えている。

それは懺悔と後悔の日々の反省のなかで、自らの命を捧げて償ったようにも思えるが、本当に反省しなくてはならない人たちは戦後も君臨指揮し、反省なき日本を築いて来たことも確かである。

そうした反省なき環境で育った安倍晋三が、戦後長年集団自衛権を認めないとしてきた政府方針を大転換して、2014年安倍政権の閣議決定で「集団的自衛権の行使は可能である」とした。

集団自衛権とは、自国が武力攻撃を受けていない状況下で同盟国等のために武力行使できるとするものであり、明らかに憲法9条に違反しており、容易に戦争に巻き込まれるだけでなく、容易に同盟国のために戦争することに道を開いたと言えよう。

もっとも安倍晋三が自らの不祥事で退陣したにもかかわらず、再び安倍政権が誕生した背景には、官僚支配構造の行き詰まりがあり、戦前の専制的な大本営復活が求められとさえ言えるだろう。

集団自衛権行使では事実認定を3段階に分け、武力攻撃事態(必要最小限度の武力行使)で武力の相互依存によって戦争の抑止を強調している。しかし台湾有事になれば、アメリカ軍基地の集中する沖縄基地が攻撃される可能性が高く、日本が中国のミサイル基地を攻撃するや否や、日本全土に攻撃が拡がり、何百万、何千万の人がジェノサイドされる可能性は決して低くない。

だからこそ三角武さんが涙ながらに絶叫するように、戦争とはそういうものであり、戦争は絶対に二度と起こしてはならないのである。