(500)戦争と平和(6)なぜ人類はジェノサイドを続けるのか?【2】・公共放送『731部隊の真実』が訴えるもの(戦争犯罪を自ら反省していない日本)

優性思想の下で戦後も法を強化した反省なき日本

今年7月3日最高裁判決で、1996年まで継続された優性保護法違憲判決がだされた。判決は、「不妊手術を強制することは差別的取扱いで、(憲法の)個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反する」と言い渡し、国に賠償を命じた。この優性保護法は、1948年戦地からの引き揚げや出産ブームで、人口の急増が社会問題となり、人口を抑制する必要があるとして、障害がある子供は生まれてこない方がいいという優生思想の下で、強制不妊手術が開始されたと解説されている。

確かに戦後の人口急増が社会問題となり、人口抑制に迫られたことはあったとしても、それ故に切迫的状況で誤った法が作られたとするのは余りにも短絡的な気がする。

優性思想は急速に近代が発展するなかで、19世紀末「優れた人間の遺伝子を残し、劣った人間を淘汰すれば社会は発展する」という優生学誕生の下で拡がって行った。そしてホロコーストの大罪を犯したドイツでは、1933年断手法(強制不妊手術)で40万人もの障害者が手術され、36年にはT4作戦(障害者大量殺戮)が実施された。それは、ユダヤ人600万人ジェノサイドのホロコーストのリハーサルであったと、真摯な反省がなされている。

日本はドイツの流れを受けて1940年に国民優性法を成立させているが、強制不妊手術に対しては医学者の反対で見送られた。しかしそれにもかかわらず戦後の日本では、そのような優性法が強制不妊手術の優性保護法として逆に強化されたのであった。

それは同じ優性思想から、戦後ハンセン病が特効薬プロミンによって劇的な完治がなされたにもかかわらず、半世紀隔離政策が強化継続された「らい予防法」を見ても同じである。

感染力の非常に弱いハンセン病は1931年より隔離政策が採られ、1952年WHOの隔離政策見直しの提言にもかかわらず、「特効薬による完治は疑わしく、伝染を防ぐためにも脱走者に対して逃亡罪を適用すべきである」という戦前の内務省衛生局の頂点に君臨した光田健輔の意見で、1953年の「らい予防法」で逆に強化されたのであった。

日本では戦前の富国強兵と殖産興業を目的とした官僚支配構造が温存され、旧内務省衛生局の組織が生き残ったため、優性思想が継続されたと言えるだろう。

確かに日本では、広島と長崎の原爆投下や都市無差別爆撃による大量市民ジェノサイドに対しては、二度とあってはならないとして世界に訴え、2021年発効された「核兵器禁止条約」として結実した。しかし日本政府はこの条約に参加しないだけでなく、日本が戦争下で行ったジェノサイドに対しては自ら積極的に反省していない。

公共放送『731部隊の真実』が訴えるもの

日本が戦争の本質的な反省をしてないと言われるのは、上に載せた公共放送が掘り起こした『731部隊の真実』で見るように、3000人を超える人々の悲惨な人体実験とジェノサイドに対して自ら調査解明しようとせず、認めさえしていないからである。

そのような日本政府の姿勢は、海外のジェノサイド研究者が指摘する500万人を超える市民ジェノサイドを積極的に調査解明し、真摯に反省すれば、戦争犯罪を引き起した官僚支配構造(大本営)がドイツのように解体されることになり兼ねないからであろう。

しかし『731部隊の真実』のなかで、証拠隠滅のため死体処理を命ぜられた少年兵三角武さんは当時の悲惨を回想して、「戦争とはこんなものか、戦争は絶対するものじゃない」と涙ながらに絶叫している。

また細菌培養を受持った医学者柄沢十三夫は裁判の証言で、「なお私は自分の犯した罪の非常に大きなることを自覚しております。そして終始懺悔し、後悔しております。……もし余生がありましたならば、自分の行いました悪事に対して生まれ変わった人間として、人類のために尽くしたいと思っています」と述べているが、刑期を終えて帰国直前に自殺したと伝えている。

それは懺悔と後悔の日々の反省のなかで、自らの命を捧げて償ったようにも思えるが、本当に反省しなくてはならない人たちは戦後も君臨指揮し、反省なき日本を築いて来たことも確かである。

そうした反省なき環境で育った安倍晋三が、戦後長年集団自衛権を認めないとしてきた政府方針を大転換して、2014年安倍政権の閣議決定で「集団的自衛権の行使は可能である」とした。

集団自衛権とは、自国が武力攻撃を受けていない状況下で同盟国等のために武力行使できるとするものであり、明らかに憲法9条に違反しており、容易に戦争に巻き込まれるだけでなく、容易に同盟国のために戦争することに道を開いたと言えよう。

もっとも安倍晋三が自らの不祥事で退陣したにもかかわらず、再び安倍政権が誕生した背景には、官僚支配構造の行き詰まりがあり、戦前の専制的な大本営復活が求められとさえ言えるだろう。

集団自衛権行使では事実認定を3段階に分け、武力攻撃事態(必要最小限度の武力行使)で武力の相互依存によって戦争の抑止を強調している。しかし台湾有事になれば、アメリカ軍基地の集中する沖縄基地が攻撃される可能性が高く、日本が中国のミサイル基地を攻撃するや否や、日本全土に攻撃が拡がり、何百万、何千万の人がジェノサイドされる可能性は決して低くない。

だからこそ三角武さんが涙ながらに絶叫するように、戦争とはそういうものであり、戦争は絶対に二度と起こしてはならないのである。