(52)検証シリーズ9、日本の新しいかたちを求めて。第4回新しい産業ルネッサンスを生み出す産業戦略

日本の産業は既に90年代には、韓国、台湾、そして中国などの追い上げで行き詰り、安くて質のよい大量生産による日本産業は終焉に向けて背走を始めたと言っても過言ではない。
確かに「失われた10年」の後数字だけを見れば、新自由主義を推し進めた小泉政権の下で飛躍的発展をしている。
すなわち日本の輸出額は、2002年の52兆円から2007年には84兆円に6割以上という過去にない飛躍的な発展回復をしている。
しかしこの間国の負債総額(国債及び借入金残高)は、2001年の538兆円から2007年の838兆円へと巨額に膨らんでいる。
また国民の平均年収も2002年の平均年収は389万円から2007年には逆に367万円に下がっている。
さらに2001年から2006年までの国民の税金は5兆円増加し、健康保険費や社会保障費も合わせて5兆円増加している。
こうした事実を検証すれば、数字で見る日本の飛躍的発展回復も将来世代からの借金と国民生活の犠牲に他ならない。
事実2009年の貿易輸出額は、最早将来世代からの借金もドクターストップがかかるほどに膨らみ、支援の減少したことや、世界金融危機が重なったこともあって59兆円に急降下している。
そして今年2011年は、超円高原発事故を含む大災害によって日本のターボエンジンとも言うべき輸出産業も危機的状況に追い込まれている。
それ故に産業界を率いる官僚支配政府は焦っており、何が何でも企業の法人税を下げ、何が何でも自由貿易TPPを推し進めようとしている。
日本の法人税40パーセントは数字だけ見れば高い額であるが、研究開発費減税や外国税額控除などを差し引くと平均30パーセント程となり決して高くなく、ドイツと較べても企業が収める税金と社会保険料の総額は80パーセントほどであり、EU諸国と比較しても安いと言えよう。
また設備投資などのために収益の内部留保を認めることで、大企業の内部留保は200兆を超えており、そのような過保護な支援が円高を通して海外生産を推し進め、過剰生産の悪循環で自らの首を絞めていると言っても過言ではない。
またTPPにも猛進しようとしているが、アメリカの狙いは明らかであることから、農業だけでなく日本社会全体が壊滅することにもなりかねない。
こうした原因は、官僚政府の下に護送船団方式で日本の産業発展を推し進めてきたやり方が限界にきていることを示している。
明治以来の官僚支配政府では反省や責任を謙虚に認めることができず、大本営的に突き進むことから、このままでは日本の未来はない。

それは、戦前世界を大きくリードしてきたドイツのカメラ産業が戦後行き詰まり、壊滅していった盛者必衰の理ともオーバーラップする。
ドイツのカメラ産業は、戦後もライツ社のライカカール・ツァイス社のコンタックス生み出し、技術において他を寄せ付けなかった。
しかし戦後ドイツ製品の模造から始めた日本のカメラ産業が、60年代に安くて質の良い製品を量産できるようになると、ドイツカメラ産業は苦戦を強いられただけでなく、70年代半ばに壊滅した。
しかし71年にカメラ生産から撤退したカール・ツァイス社は、高度なレンズ技術を創意工夫で多様に分岐し、現在では天体観測機器、手術用顕微鏡、視力機器、マイクロエレクトロニックシステム、三次元測定機器、超LSI製造機器などの様々な分野で世界をリードしている。
このカール・ツァイス社は今でこそ3万人の従業員を抱えるドイツの代表的大企業であるが、1846年にチュウリンゲン州の古い大学町イェーナに創設された当時は従業員僅か10人の中小企業であり、レンズ一筋に技術開発をすることで発展してきた。
またサンルーフのウェバスト社(WEBASTO)、高圧洗浄器のケルヒャー社(KARCHER)、ドア製品のドルマ社(DORMA)、ベットなどの車輪のテンテ社(TENTE)、印刷機のケーニヒ社(KOENIG&BAUER)、鎖のルド社(RUD)、髭ブラシのミューレ社(MUHLE)など、全て地域の田舎町で中小企業として創設され、一つの技術一筋に創意工夫で発展することで、現在では世界をリードしている。
そして現在ドイツの中小企業は企業数で99パーセントを超える330万社にも上り、ドイツの全就業者の約7割に職場を提供している。
しかもこれらのほとんどの中小企業は、日本のように大企業の下請ではなく独自の技術を追求し、地域の要となると同時にツアイス社やウェバスト社などのように世界に飛躍することを目指している。

このような逞しい中小企業を育成したのは、まさに戦後の民主的な官僚制の刷新である。
すなわち戦前のハイパーインフレやナチズムを許した専制的な官僚制から国民の利益(幸せ)を追求する民主的な官僚制への刷新であった。
具体的には戦後の西ドイツの経済大臣エアハルトが、「すべての国民の繁栄」というスローガンで、社会的市場経済を開始した時から始まっている。
社会的市場経済とは市場経済が原則であり、競争の秩序政策によって市場機構を保証している。
しかし市場機構のみでは基本法(ドイツ憲法)にある不平等を解消し、弱者を保護し、社会扶助といった社会的公正が確保できないことから、社会政策によって補完している。
この社会政策は、従業員の経営参加(共同決定法)、個人の財産確立(財産形成法)、安定した豊かな社会形成(社会保障制度)として具体化され、労働時間、休暇日数、社会福祉労働分配率などの中に、国民の利益を優先することが明確に現れている。
そして中小企業を地域の要として育成するために、「競争制限法」を1950年代末までにすべての州で成立させ、大企業のカルテル形成や市場支配力の乱用を規制し、企業規模が小さいことから生じる中小企業の競争上の不利益を改善し、自由な競争によって企業の活力がはぐくまれる秩序を整えた。
また手工業分野では独立開業する条件としてマイスター試験に合格することを求め、一定の規定で大企業の市場支配に歯止めをかけ、中小企業を保護育成した。
さらに連邦政府並びに州政府は、中小企業に多額の助成金や融資だけでなく、各地域にくまなく職業訓練所を作り、労働者の技術を向上させることで支援した。
そして日本が見習うべき最も重要なことは、各地域の中小企業には補完原則が適用されたことである。
すなわちあらゆる権限が地域の州政府に委譲され、州政府は独自の中小企業政策を作成し、各州がお互いに競い合ったことだ。
各州の中小企業政策では、資金助成や経営相談がなされるだけでなく、専門家によって研究開発から販売方法に至るまでが適正に指導されて行った。
そして現在このようにして育成された中小企業が、世界からドイツの「ミッテルシュタント」として注目されるだけでなく、絶好調のドイツ産業の力強い牽引力となっている。

確かにドイツ産業の絶好調はユーロ安の恩恵があることは確かであるが、それは他のEU産業国でも同じ筈である。
しかし他のEU諸国は全般的に不況であるにもかかわらず、ドイツだけが独り勝ちしており、GDP比率の貿易経常黒字では中国を抜いて世界一である。(2009年の貿易経常黒字額では、中国の2971億ドルに次いでドイツは1656ドルの世界第2位)
明らかにドイツの好況の理由には、企業の創意工夫を重んじて育成されてきた中小企業が原動力となっている。
すなわち大量製品が世界に過剰となる中で、長い歴史を通して創意工夫で育まれ、質的に抜きん出たドイツ製品が世界から求められているのだ。
そして今年、10年後までに脱原発を実現することを世界に宣言したドイツは、2050年までに化石燃料天然ガスの利用も廃止し、太陽光中心の自然エネルギーで賄うことを打ち出している。 
既にその指針に従ってドイツの地域では、多くのプロジェクトが中小企業中心に開始されている。
これはまさにドイツの新しい産業ルネッサンスを生み出す産業戦略であり、国民の利益を求める産業戦略に他ならない。
究極的には、世界の利益(幸せ)を求める産業戦略だと言っても過言ではない。

これに対して日本は相変わらず量的追求に終始し、値下げ競争に困窮する大企業支援を優先させ、TPP加入で農業や地域産業を壊滅させる道を推し進めようとしている。
また福島原発事故にもかかわらず、国家プロジェクトで新興国や途上国へ原発売り込む原発ルネサンスを粛々と継続している。
こうした官僚支配政府主導の産業戦略には、日本の未来はない。

しかし日本においても民主的官僚制への刷新が実現されれば、必然的に脱原発、利権構造の解体、そして地方分権の確立ですべての権限が地域に委譲され、地域の伝統産業に基づく中小企業の育成だけでなく、太陽光発電パネル事業、風力発電基事業、太陽電池事業、バイオマス発電、植物化学産業、海外へのインフラ事業など新しい産業ルネッサンスが湧き上がってこよう。