(91)オルターナティブな視点からのEU危機。2)ドイツの第四帝国への野望

オランド仏新大統領の提唱を受けて現在では、ほとんどのEU加盟国だけでなくOECD欧州委員会が求めるユーロ共同債は、EU創設の理念に帰ったEU諸国の連帯による利益の再配分でもある。
しかしドイツでは全くそのような受け止めかたはされておらず、ZDFが5月25日に報道した世論調査Polit(注1)では、国民の79パーセントがユーロ共同債に反対であり、賛成は僅か14パーセントであった。
これは脱原発を圧倒的多数で勝ち取り、つねにゾリダリテート(連帯)を呼びかけてきたドイツ国民のイメージとは相容れないものがある。
ドイツの国民が反対する理由は、2008年の金融危機以降ドイツが莫大な額をEU、およびギリシャなどの国に支援することで、教育から社会保障にいたるまで緊縮政策が採られ、多くの市民は暮らしに困窮しているからである。
確かに現在のドイツの産業は一人勝ちするほど潤っているが、日本のトヨタが潤っていた時のようにドイツの市民には分配されておらず、ドイツ市民の八人に一人が相対貧困者であるからだ。
しかも「ヴェルト」のような保守的大衆紙は、「ホロコーストの償いためにユーロ共同債で支払うのか」という見出しで、前の社会民主党のベルリン市財務大臣で2010年までドイツ連銀の理事チロ・ザラツィンの新しい著書『欧州はユーロを必要としない "Europa braucht den Euro nicht"』を5月22日に発行される前日に取り上げ、過去の贖罪として常にドイツに負担が押し付けられることを訴えている(注2)。
具体的には、新しい著書のザラツィンの言葉「EU17カ国の共同国債であるユーロ共同債のドイツの支持者は問題である。そのような支持者は社会民主党緑の党、そして左翼党のなかにおり、今これらの人たちが、すべてのドイツのお金を欧州に渡した時始めてホロコーストと大戦の贖罪が最終的になされる、というドイツ的条件反射に駆られて遣って来ている」を引用している。
ザラツィンは経歴でもわかるように、「ドイツのお金はドイツ人のために使われるべき」だと主張する極右とは異なり、シュレーダー首相同様に社会民主党新自由主義信奉者である。
彼は政治と行政の経験を踏まえて、2010年11月にはベストセラーとして一世を風靡した『ドイツは改める・・・我々がドイツに賭してきたやり方』(注3)を世に出し、出生率の低下、問題多き移民政策、増大する社会的下層などの問題を取り上げ、ドイツが豊かさの土台を取り崩し、社会的平和と安定した社会を賭しているとドイツの将来を警告している。
すなわち彼の主張は、ドイツ人の心の奥に潜む極右的な感情を呼び起こす言葉を利用しているが、ドイツはあくまでもドイツの繁栄のために進むべきであり、EUにおける新自由主義に基ずく緊縮政策の推進である。
それはまさにドイツの中央銀行であるドイツ連銀の意志であり、2014年1月までに各国の国内法より優先する財政協定を批准することで、通貨統合後も財政政策や金融監督が各国に委ねられているEUのアキレス腱解消を意図している。
しかしたとえそれでEUを財政的に安定できるとしても、各国の財政をEUに委ねることは各国独自の経済政策から社会保障政策を放棄することにも繋がり、各国の民主的憲法も支配されることにもなりかねない。
まさにそれはEU帝国であり、ドイツの第四帝国と言っても過言ではない。
何故なら既に新自由主義のEU諸国の緊縮政策は進み、ギリシャでのシーメンスの企業戦略が役人の買収であったように(注4)、各国の民営化推進でドイツの経済支配が推し進められているからだ。
もっともドイツ連銀の意志とは異なって、他のEU諸国では再配分とも言えるユーロ共同債導入の声が高まり、2000年以降のリスボン戦略による新自由主義自体が問われている。
ドイツでは、マスメディアがドイツ連銀の意志に従って意図的ザラティンの著書を引用して書きたてる中で世論は圧倒的にユーロ共同債反対に振れているが、メルケル首相の黒(キリスト教民主同盟)と黄色(自由民主党)の新自由主義政権は昨年のバーデン・ヴェルテンブルグ州議会選挙などの3州で全敗し、今年も5月13日のノルトライン・ヴェストファーレン州議会選挙で惨敗し、来年の連邦選挙ではオランド仏新大統領よりの社会民主党緑の党による赤と緑の連立政権への移行は必至である。

確かに現在のギリシャのユーロ離脱というEU危機は、世界を巻き込む危機であるが、古今東西言われてきたように、危機こそ最大のチャンスであることも事実である。
私には現在、90年代末に欧州で吹き出し新自由主義の風とは反対の風が吹きだしたことを感ぜずにはいられない。
EUの理念は、日本人青山光子を母とするオーストリアクーデンホーフ・カレルギー伯爵が1923年に提唱した「ヨーロッパの全ての国家が連邦的に結合することで、戦争の根源を除去し、ヨーロッパ全体の経済的繁栄をはかる」ものであった。
具体的には、ヨーロッパの全ての国が将来的に豊かさを平等に享受するものであり、1997年の京都議定書に際しては、二酸化炭素排出量の削減は産業発展の進んでいるドイツやオランダでは90年比で25パーセントの削減、産業発展の遅れているギリシャは30パーセント増、ポルトガル40パーセント増で、EU全体で8パーセント削減するやり方にも見られた。
そして今、産業発展の再配分とも言うべきユーロ共同債で、EU理念への回帰が問われているのであり、途は非常に険しいとしても、危機の世界に希望の風が吹き始めている。

(注1)http://www.zdf.de/ZDFmediathek#/beitrag/video/1649586/Deutsche-klar-gegen-Eurobonds

(注2)http://www.welt.de/print/die_welt/politik/article106348194/Mit-Euro-Bonds-fuer-den-Holocaust-zahlen.html

(注3)http://www.amazon.de/Deutschland-schafft-sich-unser-setzen/dp/3421044309

(注4)日本語資料シーメンス贈賄 http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/09061101_ishikawa.pdf