(159)ハネケ映画を通して現代を考える(7)ファニーゲーム前編・・観客に対する挑発

(アールターグドイツ・ドイツ連邦選挙(1)・・テレビ討論優勢にもかかわらず社会民主党復権が絶望的理由)

1997年制作のこの映画は、中流富裕層の幸せな家族休暇が二人の若者の侵入で奪われていくだけでなく、善良な家族が恐るべき不条理で消し去られていくといった、現代の(商業)映画には在り得ないストリーである。
人間の尊厳さえ奪う最悪の暴力を描きながらも、暴力シーンの映像は意図的に取り除かれている。
しかしそれはともすれば、観る側のイメージを限りなく膨らませていく。
家族は不意の恐るべき若者の侵入に対して全身全霊で対処し、尊厳さえ奪われることに耐えて必死に生きようとする。
これに対して侵入した二人の若者は終始慇懃な程冷静で、警察などえの怯えは全く感じられず、圧倒的な力関係のなかでゲームを楽しむように振舞っている。
それは最初の侵入からして、内向的若者ペーターの「卵を貸してください」という謙った要求から始まるが、何度でも不注意や犬のせいにして、「落としました」と繰り返し要求することで、妻アナに不快な怒りを生じさせ、拒否を引き出している。
また犬の吠える声で異常を察して帰宅した夫ゲオルクも、妻アナの「追い出して」と言う尋常でない頼みから、「お引きとりください」と毅然と述べるが、全くそれを解せず「タマ取られなよ」という主犯格の若者パウルの挑発に、思わず平手打ちしている。


カメラはゲオルクの平手打ちシーンも、それに対するパウルゴルフクラブでゲオルクの膝を打ち砕く報復シーンも映し出さず、犯行者たちが「原因をつくったのはあなたたちだ」と身勝手な論理で言い訳する際に、観る側に暴力シーンをイメージさせている。
しかしそのあとパウルは一転して、傷ついたゲオルクに向かって「あなたは船長だ。船では船長が法律ですよね?」と持ち上げ、「何がお望みですか?電話?救急車?警察への通達?どうぞ止めません。ペーターも約束します」と謙っている。
もっともそのような言い回しの裏には、外部との接触手段が携帯だけであることを隣別荘家族から用意周到に聞き出し、携帯を使用不可能にしているからであり、不気味な自信が感じられる。
さらにゴルフボールを取り出し、ボールの代わりに何を打ったでしょうと述べ、愛犬の死という不吉な連想を強いている。
そして愛犬を必死に探すアナに対して、パウルはヒントで誘導しながら、突然観客に向かって振り返りウィンクする。
しかもその後アナが自動車のドアを開けると、惨殺された愛犬の死体が滑り落ちる。
まさにウィンクは観客への挑発であり、映画自体への挑発を感ぜずにはいられない。
パウルは常にフェアーな“話し合い”を装っているが、絶対的な力関係の下で有無を言わさず強いている。
家族を前にペーターの本当とは思えない身の上話をした後、パウルは賭けをしようと言い出し、「お前らは12時間で御陀仏(おだぶつ)かどうか賭けよう。生きてる方に賭けろよ。俺たちは死んでる方だ」と言い放つ。
ここでもパウルは観客を振り向いて、「どうです?お宅が勝つと思う?勝ち目はあると思う?どっちに賭ける?」と挑発している。
そしてここから本格的に家族消滅ゲームが開始され、最初スタイルのよい妻アナがターゲットとなり、子供ショルシに袋を被せて脅すことで、夫ゲオルクに「脱げお前」と言わさせている。


映像はアナの脱ぐシーン及び裸を一切映さないが、涙と鼻水を垂れ流した彼女の悲痛な表情を映すことで、観る側に最悪の不快感さえ呼び起こしている。
ショルシは袋を被せられていたにもかかわらず、その衝撃から尿を漏らし、二人の若者に隙ができたことから2階から逃げ出す。
しかしパウルは全く慌てず、逃げることは不可能と確信しているかのように、ゆっくり追い詰めていく。
今回はここまでにしたいが、何故ハネケがこのような観る側を挑発し、最悪の不快感を与える映画を敢えて制作したか、映画を観た人及びこれから観る人に考えてもらいたい。

尚ハネケは『ファニーゲームU.S.A.』(注1動画英語完全版)のパンフレットで、以下のように述べている。

ファニーゲーム』は間違いなく、私が2度作りたいと思う唯一の作品です。オリジナル版が“ファニーゲーム”という英語のタイトルになっているのは、けっして偶然ではありません。この映画は、映画における“消費者”と呼ばれる“観客”をターゲットにしたものであり、すなわち“消費者”と呼ばれる“バイオレント・アクションを好むような人々”を対象にしています。私は、暴力の本質を描くことで彼らを震えあがらせ、普段自分たちが見ているものが一体何なのか、メディアとは何なのかを気づかせたかったのです。
・・・少なくともこの作品で、私は期待通りの衝撃を与えられることを願っています。つまり観客が作品に魅入ると同時に自分たちが何をただ受動的に飲み込んでしまっているか、いかに暴力を消費しているかを実感させ、別のアプローチを体験させられないか、と。人は現実と向き合うことを嫌います。残虐な暴力は、恐怖感を与えはするけれども決して触れないで済むような方法で提示され、人々に消費されていきます。私は常に実際に作用し、衝撃を与えられるような方法を模索しているのです。

またハネケは『ピアニスト』のパンフレットで、以下のように述べている。

私はあらかじめ自分の映画の見方について語ることはしたくありません。なぜなら、そうすると観客は自分で考える必要がなくなってしまうからです。私が提示する事柄に対して、観客自身が挑発されていると感じてほしいのです。
映画は気晴らしのための娯楽だと定義するならば、私の映画は無意味です。私の映画は気晴らしも娯楽も与えませんから。もし娯楽映画として観るなら、後味の悪さを残すだけです。
私の映画を嫌う人々は、なぜ嫌うのかを自問しなければなりません。嫌うのは、痛いところを衝かれているからではないでしょうか。痛いところを衝かれたくない、面と向き合いたくないというのが理由ではないでしょうか。面と向き合いたくないものと向き合わされるのはいいことだと私は思います。


(注1)2007年制作のリメーク版は俳優こそ違いますが、セリフの内容はドイツ語と英語の違いはあるにしても同じで、編集やカットも全く変更がありません。


アールターグドイツ・ドイツ連邦選挙(1)・・テレビ討論優勢にもかかわらず社会民主党復権が絶望的理由

ドイツ連邦選挙(9月22日)が、9月1日のキリスト教民主同盟メルケル首相と社会民主党のシュタインブリュック首相候補のテレビ討論で開始された。
このテレビ討論はドイツの2つの公共放送ZDFとARD主催の90分を超える質問討論で、シュタインブリュックは最近の働く貧困層の急増を厳しく批判し、高額所得者の増税による再配分強化で、年金増額、最低賃金保障(時間当たり8、5ユーロ)、子ども手当増額などで社会的公正の実現を約束した。
これに対してメルケルは受身に回ったが、任期中の成長と安定を強調し、3期目でのさらなる安定を訴えた。
明らかに討論だけを見ればシュタインブリュックが優勢であり、ARDの世論調査ではメルケル44パーセント優勢に対してシュタインブリュック優勢49パーセントであった(ZDFの世論調査ではメルケル優勢40パーセント、シュタインブリュック優勢33パーセント)(注2)。
しかしドイツの6つの大手世論調査は連邦選挙でのキリスト教民主同盟の圧倒的勝利を予想し、社会民主党の政権復帰を絶望視している。
ドイツでは2011年のメルケル脱原発宣言以来新自由主義の推進が見直されてきたのも事実であるが、以前として中間層の底辺層への没落は継続しており、本来であれば富裕層への増税で社会的公正を求める社会民主党に有利な状況である。
実際昨年10月の私のブログで「社会民主党復権はあるのか」(注3)を書いた時は、最大手の世論調査(TMS)で社会民主党支持28パーセント、緑の党12パーセント、キリスト教民主同盟37パーセント、リンケ8パーセント、FDP5パーセントで、緑の党との連立で復権の可能性が拡がっていた。
しかし11月にシュタインブリュックの企業スポンサーによる講演などの150万ユーロにものぼる報酬が問題視されると(注4)、30パーセントまで達した支持率は急激に低下し始め、今年4月には22パーセントとなり、以後も低迷を続け現在も23パーセント(TMS9月4日発表)であることから、復権が絶望視されている。
シュタインブリュックは2007年の新自由主義推進を反省したハンブルク綱領の際、それを支えた副党首でもあり、テレビ討論は見事であった。
しかし問題は社会民主党自体にあり、企業から安易に政治献金が入ることから(企業は買収意図で)、政治家をサポートする組織の金銭感覚も麻痺しているからだ。(2009年の連邦選挙でも、大連立で厚生大臣を務める社会民主党の看板女史ウララ・シュミトが、フランスでの休暇を必要もない公用施設訪問で政府公用機を使用したことが選挙前に明らかにされ、ドイツ市民の激怒で歴史的敗北をしたように組織及び政治家が市民感覚を失っている)。

(注2)ARDターゲスシャウhttp://www.tagesschau.de/inland/tv-duell-befragung100.html
    ZDFホイテhttp://www.heute.de/Kein-klarer-Duell-Sieger-29552710.html

(注3)http://d.hatena.ne.jp/msehi/20121013/1350135599

(注4)ケリを付ける(シュタインブリュック 講演などの報酬150万ユーロ)
http://www.faz.net/aktuell/politik/inland/steinbruecks-nebeneinkuenfte-unterm-schlussstrich-11948765.html