(63)「ドイツから学ぶ99パーセントの幸せ」 第9回 何故一人勝ちのドイツが悪くなるのか。後編

そしてドイツ社会を悪化させた決定打は、2008年の金融危機であった。
シュレーダー政権誕生後厳しい新自由主義の洗礼を受けたドイツ市民は、老後の暮らしを最早年金だけに頼ることができないため貯蓄に励んだ。
しかしその貯蓄の多くが、銀行の巧みな勧誘によって(注1)サブプライムローンに関与する証券を買わされており、大きな被害を受けたからである。
金融危機では、ドイツのすべての銀行が定額預金の一部をサブプライムローンに関与するトリプルAの金融商品で運用していたことから、ドイツ政府はパニックを避けるため7600億ユーロ(当時の為替で約100兆円)という莫大な救済金を出さなくてはならなかった。
そのため翌年から、ただでさえ「アジェンダ2010」で切り詰められていた福祉や教育などの予算をさらに縮減することが求められ、社会悪化が加速された。

2009年7月に放映されたZDFフィルム『巨額な博打・・・誰が我々のお金を博打に掏ったか(Milliarden Spiel.・・・Wer hat unser Geld verzockt ?)』では 、政府の金融政策、そして責任を取らずに現在も甘い汁を吸い続けている銀行幹部たちを厳しく批判すると同時に、新自由主義カジノ資本主義自体を非難している。(注2)
フィルムでは、ドイツの金融危機は2003年3月6日シュレーダー側近のハンス・オイヒャー連邦蔵相の金融自由化宣言から始まり、この時からドイツの銀行はカジノとなったと述べている。
フィルムに登場するハンブルグの女性グレテ・ザァンダーは新陳代謝の病気があることから、老後の暮らしに備えてドレスナー銀行(当時業界3位)にリスクのないもので(ドイツ国債など)運用を任せていた。
ある日担当の女性コンサルタントからグレテに電話があり、「是非あなたの投資を替えなさい。あなたにとって絶好の投資が見つかったワ。特別に素晴らしいもので、すぐさまこの電話で決めないと無くなりますヨ」と巧みに勧誘され、グレテに「私はあなたを信頼して任せます」と言わせた。
そしてグレテは、サブプライムローン破綻で40000ユーロを失ったのだった。
彼女のように大切なお金を失ったドイツ市民は決して少なくなく、2009年彼らはコメルツ銀行(注3)に合併吸収された前のドレスナー銀行の前で、「嘘をつかれ、騙された」という看板を掲げ、笛を吹いて抗議し、銀行内で「お金を返してくれ」と合唱していた。
そしてフィルムは、これら銀行の経営者たちが自分自身を金融危機の犠牲者と思っており、責任について述べないだけでなく、数百万ユーロにも上る高額な給料や年金を要求していることを、経営者たちの名前を出して厳しく批判した。
さらにニューヨーク大学の経済学者ノァリール・ロウビニは、「経営者たちは全く制裁を受けておらず、得られた利益は私有化し、損失は国有化させている」と非難した。
またフィルムでは、このような金融危機を引き起こしたサブプライムローンというカジノにおける博打を、わかり易く解説していた。(以下にフィルムを補足して解説しておきます)

世界的消費の低迷で90年代初めに行き詰まったアメリカ資本は、住宅バブルを仕組むことでサブプライム(貧しい)層の人たちでも夢の住宅を持てるようにし、毎年上がり続ける資産価値の上昇で、GMの高級車さえローンで買わせることに成功した。
それだけであれば、たとえ住宅バブルが破綻したとしても、アメリカだけのバブル崩壊で済んだ。
しかし1995年就任のルービン財務長官による直接介入を通したドル高政策と、その後のグリーンスパンFRB議長の低金利政策によって、世界のマネーがアメリカに集中するよう仕組んだ。
投資銀行はこの機会を逃さず、自ら住宅ローン(サブプライムローン)の債券を購入して、証券化して売るモーゲージ債を開始した。
そしてサブプライムローンモーゲージ債と他の安全な証券を組み合わせたCDO(債務担保証券)やその証券の信用リスクを売買するオプション取引CDS)などの金融商品を世界に売り捲くった(その総額は2007末までに約6000兆円に達していた)。
これらの金融商品を世界の金融機関が飛び付くように購入した理由は、当時信頼性を勝ち得ていた金融工学によってサブプライムローンモーゲージ債を様々な他の安全な証券と組み合わせることで、リスクが制御できると考えられていたからだ。
さらに、ムーディーズなどのトリプルAという安全のお墨付きを得ていたからでもある。
しかもドイツでは、金融の自由化で銀行間の競争が加速されており、定額預金でさえも5パーセントほどの高利率で競われていたことから、全ての銀行がそれらのトリプルA金融商品に手を附けずにはいられなかった。
アメリカの住宅バブルが破綻すると、まず直接の貸し手である住宅金融専門会社が倒産し始め、サブプライムローンに関与する全ての金融商品に信用不安が拡がった。
さらに世界の株式が連鎖して急降下し、2008年9月15日リーマン・ブラザーズが倒産すると、金融機関の倒産は一挙に世界に拡がった。
ドイツではリーマン倒産を受けて、2008年9月26日ドイツの不動産金融大手ヒポ・レアル・エステート社が350億ユーロの焦げ付きを出し、この時からドイツ政府の公的資金による銀行救済が始まった。
2008年のドイツの公的資金投入額は、5150億ユーロであったが、翌年には5780億ユーロに増え、2度にわたる景気刺激政策に810億ユーロ、さらにドイツ経済のための保証政策に1000億ユーロが使われ、最終的には7600億ユーロを超える公的資金が投入されたのであった。
(Hans-WernerSinn,2009,『KASINO KAPITALISUMS』)

そして2010年には、少なくとも2008年の金融危機まで外見的に豊かに発展してきたEUが攻撃の標的とされた。
それはEUが2000年以降競争原理の追求で、ドイツやフランスなどの強国は益々強くなったのに対して、ギリシャアイルランドポルトガル、スペインなどの弱国は益々弱体化したからだ。 
新自由主義本体(新自由主義を掲げる世界の巨大企業)の流れを汲むトレダーたちが最初に攻撃を仕掛けたのは、財政赤字が急増していたギリシャだった。
まずギリシャ国債を大量に空売りし、同時にこの国債CDS(信用リスク)を大量に購入した。
そしてメディアを通してギリシャ財政の粉飾決算の暴露や、様々なマイナス情報を流し、ギリシャ国債の価格を暴落させた。
国債が暴落すればギリシャの金融破綻不安が強まり、CDS価格は急騰した。
それに対してEU各国の首脳たちが対策を立てる頃には、すでに新自由主義本体の流れを汲むトレダーたちは、ギリシャ国債を安値で買い戻し、高値のCDSを売り抜け、莫大な利益を出していた。
一方EUは2010年5月に国際通貨基金IMF)とともに1100億ユーロのギリシャ支援を決定し、ギリシャに緊縮財政計画を要請した。
また同時にギリシャ以外のアイルランドポルトガルなどの弱国が攻撃された場合に備えて、7500億ユーロの欧州金融安定化基金を設立した。
しかしそれにもかかわらず、その後アイルランドポルトガルは予想通りに同じ手口で攻撃され、EU市民の血税とも言うべきそうした基金が奪われて行った。
2008年10月から2010年11月の間にEUが支援した総額は4兆6000億ユーロ(550兆円)にも上っており、最早公金支援も限界に達した。
(Focus Money ONLINE 01,12,2010)
それにもかかわらず今年に入り、本質的な欠陥を持つEUは益々攻撃の標的とされ、ギリシャ財政破綻危機から大国イタリアにまで危機が波及し、解体の危機に追い詰められていると言っても過言でない。
しかも一人勝ちするドイツ政府も債務を急速に肥大化させており、最早救済基金を出すことも限界である。
すなわち強国ドイツ、そして世界を支配するアメリカも国家財政は火の車である。
このような金融危機は、現在のルールなき金融自由化(カジノ博打)を継続する限り繰り返し、EU市民のお金を喰い尽くし、益々社会を悪化させて行く。

(注1)ドイツの銀行は日本と異なり、従来から証券業務も行ってきた。
(注2)このZDFフィルムは、ZDFで現在も見ることが可能である。
http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/800836/F21-Dokumentation-Das-Milliardenspiel#/beitrag/video/800836/F21-Dokumentation-Das-Milliardenspiel
(注3)ドイツの銀行業界第2位のコメルツ銀行サブプライムローン破綻で莫大な損失を出したことから、ドイツ政府は182億ユーロの公的資金を投入し、株式25パーセントを所有し、部分的に国有化している。