(491)ドイツから学ばなくてはならない理由(2)・ 国益追求は国民を幸せにするか(2-1)?・「核のない未来」講演の思い出(2)

国益追求は国民を幸せにするか(2-1)

 前回述べたドイツ国民を不幸のどん底に陥れたシュレーダー政権のハルツ法は、ドイツでは多くの市民が悪魔の労働改革法と呼んでいるにもかかわらず、日本では世界一恵まれた労働賃金を飛躍的に下げることで国際競争力引き上げ、強国ドイツを復活させたとポジティブに評価されている。

しかしシュレーダー政権による戦後の国民の幸せ追求優先から国益追求優先への転換は、大企業と一部の人たちに莫大な冨を与えた反面、大部分の人たちは暮らしの豊かさが奪われ、多くの豊かな市民が相対的貧困者へ転落して行ったことも確かである。

そこでは国民の幸せの象徴である世界一高い労働付加賃金と世界一豊かな労働の権利がターゲットになり、「ドイツの経済不調は、高すぎる賃金と厳しすぎる労働法のせいである」という主張が社会に振りかざされ、次のようなこれまでとはまったく反対の社会原理が正義であるかのように公言されていた。

「雇用を創出するものは正義である。雇用を創出するためには、賃金の抑制と社会保障費の企業負担分の軽減が不可欠であり、福祉国家の切り捨てが必要である」

当時はこのような競争原理最優先の新自由主義の社会原理がドイツ社会においても一世を風靡し、これまでドイツが推し進めてきた労働の分かち合い(ワーキングシェア)が影を潜め、ホルクスワーゲン社の週4日制28時間労働も30時間を超えて延長されて行った。

私自身ドイツのベルリンに2007年から2010年まで4年間暮らしたが、既に2007年にはこのようなドイツの新自由主義の社会原理に批判が高まっていたが、街の雰囲気はどん底に感じられた。

例えばそれまで10ユーロほどであった床屋(フリザー)が5ユーロを切る店も現われ、レストランの給仕の時間給が5ユーロを割り、街のいたるところでパン屋さんから百貨店まで多くの店が倒産でシャッターを降ろしていた。またホームレスの人たちがいたるところで見られ、90年代までのドイツの豊かさを知る者には信じられない光景であった。

しかも国益最優先のアジェンダ2010という新自由主義の国策で、莫大な利益を手にしたドイツの巨大企業は、ますます利益追求の加速によって世界中に事業や投資を拡大し、戦後誓った人類への貢献という視座から見れば、貢献しないばかりか、破滅への途を切り開いているようにさえ思えた。

シーメンスに見る犯罪や戦争に加担する利益最優先

 ドイツのシーメンスは電信、電車、交通、防衛、エネルギー、医療、家電など分野の巨大複合企業として有名であり、2011のドイツの脱原発宣言まで世界最大の原子炉製造企業であった。

しかも私がベルリンに暮らし始めた2007年には、一年前にシーメンス社員の内部告発から明るみされたドイツ経済史上最大の汚職・贈収賄スキャンダルがしばしば報道され、その手口の巧妙なやり方が激しく批判されていた。

そのやり口とは世界各国で利益追求を最優先して公務員や政治家を買収し、国家プロジェクトを違法に受注するものであり、その後のミューヘン地方裁判所や米国司法相判決で実証され、世界に公開された。

2007年のウォールストリートジャーナル紙の報道によれば、数字が文字に暗号化されており、「APPをファイルに入れる」であれば「価格の2.55%の賄賂を渡す」であり(A=2、B=5)、恐ろしく巧妙なものであった。

もっともこのような買収の手口は、1990年のドイツ統合で米国のコンサルタント企業マッキンゼイ(McKinsey ) 、経営診断企業プリンスウォーター・ハウス・クーパー(Princewater house Coopers) 、そして法律事務所ホワイト・アンド・ケース(White & Case )など、多くの弁護士を抱えた専門企業が東ドイツDDRの莫大な資産を求めてなだれ込んで来たやり方に学んだものである。

すなわちこれらの企業の弁護士たちは、企業戦略に基づき巧妙に信託公社の役人や政治家を買収し、ドイツの法律さえも変え、旧東ドイツのあらゆる資産をただ同然で略奪して行った(東ドイツの4万企業は労働解雇なしの口約束で2560億マルクの助成金を付け獲得している)。

しかしメルケル脱原発宣言が為されるやいなや、シーメンス原子力からすべての撤退を表明し、ドイツ政府の掲げた人類に未来に奉仕する第四次産業革命「インダストリー4.0」に呼応して『シーメンスが描く未来』を作成し(下の動画1)、再生可能エネルギーへのエネルギー転換では『2050年の未来』では(下の動画2)、希望ある未来建設を誓っていた。

動画1

動画2

シーメンスの動画『2050年の未来』は、大企業が海上風力発電や巨大太陽光発電パークで大量の電力を製造し、従来通りに遠距離輸送するメガポリスの世界であり、巨大化する風水害で電線が切れば機能しなくなり、益々激化する気候変動に対処しておらず、オプティミズムな科学信仰ドリームとさえ言える。しかもそのような再生可能エネルギーはエネルギー損失が大きいだけでなく、コストがかかり過ぎ、地域の市民イニシアティブで製造する電力に較べて恐ろしく高くなる。それ故ドイツの洋上風力発電プロジェクトは莫大な政府支援にもかかわらず、将来的に採算が見込めないことから予定通りに進まないドイツの現実を直視していない。

もっともメルケル政権が掲げた第四次産業革命「インダストリー4.0」には、当時私自身も関心を持ち、公にされている関連動画に日本語字幕を付け、ブログに載せていた。その理由は、「インダストリー4.0」が大量生産という労働の非人間化と機械への従属化生み出した科学技術を善なる技術に導くというドイツ政府の目標に賛同したからであった。

そこでは、サイバー・フィジカル・システムと呼ばれる「インダストリー4.0」が動画3で見るように、「膨大なデータを駆使する装置と人を協調させるシステム」であり、製造過程のすべてにおいてエコロジーな節約と効率化を求めている。しかも大量生産の商品に対して、オーダーメイドの商品が価格的にも対抗できるように生産する技術であり、「将来的には必要なものだけを生産する」と述べている。

動画3

まさにそれは、戦後ドイツがナチズムの反省から基本法で「人間の尊厳」の不可侵を宣言し、産業においてもベルトコンベア式の大量生産「労働の非人間化」を拒否し、「人間中心の生産方式(マイスター指導のグループ作業によるボルボ方式)」を生み出したように、原点復帰の人間尊重の技術革命に思えた。

しかしシーメンスの動画「シーメンスが描く未来」を見ると、「インダストリー4.0」は「市場変化に敏速に対応できる、非常にフレキシブルな大量生産技術」であると公言しており、アメリカのゼネラルエレクトリックGEの掲げる新産業革命と同一直線上にある。すなわちGEは、ビックデータを駆使によって工場のデジタル化で効率化とコスト削減を追求するだけではなく、世界の優れた中小企業の選別提携でネット化し、世界支配するフレキシブルな戦略的技術こそが新産業革命と称している。

したがって「インダストリー4.0」も、従来の技術と同様に利用者の意思によって善にも悪にも成り得るものであり、市民イニシアティブで利用すれば未来に希望を開くものとなり、企業イニシアティブで利用すれば現在の危機を先延ばし、人類を滅ぼす事にも成り得る技術である。

それゆえ「インダストリー4.0」動画の字幕付けはシーメンスで終わりにしたが、市民イニシアチブで利用されれば、地域での分散型技術でエネルギー自立を達成し、蓄積される水素で「インダストリー4.0」によって地域で必要なものをエコロジーに生産し、地域自律経済(地域での自給自足経済)を創り出す大きな力にも成り得る技術である。

話を戻せば、シーメンス原子力からの全面撤廃を宣言し、人類の幸せを掲げた際、私自身もそのように生まれ変わることを期待したものであった。

しかしその後の実態は、利益最優先の新自由主義を象徴する多国籍企業であり、不公正なビジネスだけでなく、北朝鮮の核開発計画からギリシャ金融危機ウクライナ戦争加担などの報道が絶えずなされており、利益のためなら何でもする現在の新自由主義を象徴する企業と言えるだろう。

例えばロシア関係で言えば、ロシアのクリミア併合直後にクリミアの発電所建設のために4基のガスタービンを納入し、その後も激しい批判のなかでロシアとのビジネスを擁護し継続してきた。しかし2022年ロシア侵攻が始まると、脱原発の際のように170年間続けてきたロシアとのビジネス終了をいち早く宣言している。その速さも戦略的と言えるだろう。

 

「核のない未来」講演の思い出(2)

 

スラーデック御夫妻の日本訪問
 
 スラーデック御夫妻の二〇〇二年七月の訪問の知らせは、二〇〇一年大晦日にウーズラ代表からのEメールで突然あった。私が九月シェーナウを訪問後何度かメール交換し、巻町を訪問したいという熱い思いが伝わってきていたが、そのような具体的訪問は寝耳に水であった。しかも私に巻町と姉妹都市の仲介と、日本で「核のない未来」を訴えたいと願うものであった。
 私自身何処の団体にも所属せず、そのような仲介経験も全くないことから途方に暮れたが、とりあえず巻町の笹口町長にスラーデック御夫妻がシェーナウ市長の姉妹都市を求める親書を持って訪ねたい旨の手紙を出した。また高木仁三郎先生が設立した原子力情報資料室を訪ね、日本での講演をお願いした。
 しかし原子力情報資料室は予算が厳しいという理由で断られ、笹口町長からの返事も、新潟市との合併問題で忙しく姉妹関係は難しいというものだった。そのことをウーズラ代表に伝えたが、私の書き方も悪かったのか真意が伝わらず、ウーズラ代表からの返事では、金銭的支援は心配しないで欲しいこと、そして日本の人々に「核のない未来」を訴えたい熱い思いが書かれていた。私としては当惑したが、世話人の大変さを知らないこともあって、一肌脱いて引き受けることを決めた。
 幸いその年に『よくなるドイツ・悪くなる日本』を出版した地湧社の増田正雄社長に相談すると、一つ返事で協力を約束してくれた。地湧社の理念は「いのちから離れた経済に基づく社会システムに乗るのではなく、衣食住の基本に根ざした暮らしをベースに、無理をしない生活、それを人と人で相互に補い合う緩やかなつながりが支える場を創造し、地域と一体になって新しい社会づくりを目指す」であり、チェルノブイリ事故の一年後の八七年に地湧社から発刊された一主婦の手紙『まだ、まにあうのなら』では、原発をめぐる様々な深刻な問題を訴え、人類は原子力と共存できないことを母親として「いのち」の視点で切々と語っており、五〇万部のロングセラーになっていた。
 そうした増田さんの積極的な支援で、五人の世話人会を立ち上げることができた。しかし講演会や交流会を計画する段階では、原水禁が二つにわかれているように世話人の考えも異なり簡単ではなかった。もっとも世話人の竹井和子と馬場利子さんが両陣営と繋がっていたことから、講演日程や巻町での講演会と笹口町長を交えた交流会が実現できたことも確かである。また殆どの講演会や交流会で、宮下智恵子さんが世話人としてボランティアで終始素晴らしい通訳をされたことも、上手くやり遂げれた大きな要因であった。
 もっともメディアへの呼びかけでは最初から躓き、NHK,朝日、毎日、中日、新潟日報など多くの新聞社に、スラーデック御夫妻の来日目的と市民電力会社設立を通して「核のない未来」を創り出す取組みを伝え取材を求めたが、巻町に関与する新潟日報以外は梨の礫であった。
 その裏事情を世話人の骨折りで聞いたところ、原発の広告収入は大きいだけでなく、原発推進の国策に逆らって敢えて取材したくないというのが本音であった。またNHKのシェーナウの「エネルギーシフト」制作したディレクターは取材を約束していたが、四月になると現場から管理職という栄転で取材できない断り状が届く有様だった。
 そのようにメディアが国策である原発に逆らいたくない理由は、一つには国民の電気料金から約二%の年間七〇〇〇憶円にも達する電源開発促進税から出る広告費であった。新聞やテレビの広告は、原発がクリーン、安い、安全であることを強調し、電力供給には原発以外の選択はないという情報操作まがいの広告であったが、大きな収入源となっていたからであった。
 もう一つの理由は政官財で構築された原子力ムラという利権構造が戦前のように肥大し始めていたからであった。それは高速増殖炉もんじゅ」が、運転開始後すぐに起きたナトリウム事故でも止まらなかった。
 事故直後ドイツ第二公共放送ZDFニュースは、高速増殖炉の冷却剤としてナトリウムの使用は安全面で制御困難というのが国際的見解であると強く指摘して、起きた事故の重大さにもかかわらず日本の国民が平静であることに対して(万一炉心爆発が起きていたら日本は地図上から消える可能性があったことから)、「あらゆる災害を、避けられない運命として受け止めることに慣れている国民には、最も地震の多い地域にある五〇か所の原子力発電所も怖くないのでしょう」と冷やかに報道していた。
 しかし日本の原子力ムラは、そのような未来のない高速増殖炉の絶望的事故にもかかわらず、高速増殖炉の燃料を核廃棄物から製造する六ケ所村の再処理工場建設計画(試算11兆円もの核燃料サイクル計画)を推し進めて行った。しかも万一計画が中止されれば、核廃棄物は各原発に戻すという青森県との約束(政令)で守られていた。
 そして二〇〇二年には、そこで製造された10倍近いプルトニウム量のMOX燃料を従来の原子炉で使用するプルサーマル計画が強行されようとしていた。
 これに対して原発で働く技術者たちは、MOX燃料の使用は国際的にも暴走の危険性が高く、欧米先進国がプルサーマル計画から撤退していたことから、万一の炉心爆発を懸念して、福島原発柏崎原発での二九か所の炉心隔壁ひび割れを内部告発していた。
 しかしその際記者に漏らした検査職員の記事からは、「異常ありきという報告書なんて受取れない」という長年の官僚体質があからさまにされ、国益のためなら重大事故も厭わないという大本営復帰が始まっていた。そのような時期の7月2日から7月22日までのスラーデック御夫妻の日本訪問であった。

7月2日スラーデック御夫妻歓迎会(池袋のホテル会議室)

スラーデック御夫妻の日本での講演・交流日程表
2002.7.2.(pm2:00-5:00)来日歓迎会(池袋ホテル)
主催 エネルギー問題日独交流会
7.4.(pm1:00-4:00)講演会(四谷Fプラザ)
主婦連・日消連・東京消団連・地婦連・土地消
7.5.(pm6:30-9:00)講演会(石神井公園区民交流セ)主催 夫妻を練馬に招く会
7.6(pm2:00-7:00)講演会、交流会(巻町公民館)
主催 原発のない住みよい巻町をつくる会 後援 巻町、青い海と緑の会
7.7(am8:30-9:00)巻原発予定地見学)(am11:00-)講演会(刈羽村原発に反対する会)
7.8国会議員中心の学習懇談会(参議院第4会議室)
主催 原子力情報室.グリーンエナジーネットワーク
7.11(pm6:30-8:30)講演会(静岡市役所)主催 静岡市
7.12(pm1:30-5.00)交流会(6:30-8:30)講演会
プラムフィールド『止めよう裁判の会』
7.14(am10:00-pm5:30)京都シンポジュウム討論会
7.15(am10:00-pm5:00)討論会(京都リーガロイヤル)主催 将来世代国際財団
7.18 広島見学 原爆資料館
7.19(pm3.00-6:00)講演会(6:00-8:00)懇親会主催 盛和塾(大阪)<幸福共創館>
7.20(pm6:00-9:00)講演会(太田区立生活センター)主催 夫婦を大田に招く会
7.21(pm3:00-6:00)講演会(笠間市高田公民館)主催 産業廃棄処理場に反対する5団体

 

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