(493)3-2「裸の王様」と言える国と言えない国

毒あるものに予防原則の適用を!

 

 

今回のZDFズーム『沈黙の毒3-2』では、前回のアルゼンチン高地のグリホサートで余りにも奇形児や癌、さらには様々な神経症発症者が多いことから、それに対して研究を続けているブエノスアイレス大学のアンドレアス・カラスコ教授を訪ねている。

彼はグリホサートによるツメガエルやニワトリ胚の変化による研究で世界的に有名であり、長年グリホサート散布による恐ろしい被害を実験室条件で裏付けようとしている。彼の研究は学術誌「Chemical Research in Toxicology」に掲載され、ドイツ及びEU、世界で高く評価されているが、モンサントおよび産業界、さらには世界各国の評価機関で、現場使用の濃度が実験室で濃度と比べて著しく低いとして無視されている。

そうしたなかで、アンドレアス教授の「人が病気と除草剤の関係を問うなら、私は原因であると答えるでしょう」、「医学ではいわゆる予防原則を知られており、原因が不利な結果を生じている疑いがあるなら、まず最初にこの原因を取り除かねばなりません」という言葉は非常に重く感じられる。

しかし現実の世界は彼の研究と言葉を無視しており、ZDFのレポーターは周辺で大規模に大豆が生産されているコルトバ市を訪れ、何年も前からグリホサート散布に反対運動を続けてきた市民グループに実態を聞いている。

彼女たちの話によれば、以前は居住空間に小型飛行機でグリホサート散布と遺伝子組み換えグリホサート耐性大豆が播かれていたが、市民は危険とさえまったく思っていなかった。しかし沢山の白血病や癌が発症し、多くの奇形児が生まれることでグリホサートの危険性を認識し、反対する市民グループを立上げ飛行機による空中散布を禁止させたと語っていた。

被害者の数は公表されておらず、「グリホサート使用は市民にとっては死活問題であるが、国益追求の政府にとっては巨額のビジネスである」という話からは、経済を優先する政府の実態が見えてくる。

そして取材班が最後に訪れたのは、オルタナティブノーベル賞受賞者の進化生物学者ラウル・モンテネグロであり、グリホサート散布の著名な反対活動家としてその名を世界に轟かせている。彼は以前からグリホサート散布の危険性を警告し、今回の取材では、「現在アルゼンチンで起きている問題が将来ヨーロッパでも起きる」と警鐘している。

取材班このようなアルゼンチンの調査を経て再びドイツへ帰り、ドイツでの実態調査に取りかかった。既にドイツでも年間15000トンのグリホサート製品が散布されており、ホームセンターなどで容易に手に入ることから、ドイツ人の日常生活にまったく気づかないうちに忍び込んでいる。

それを踏まえてレポーターは、ドイツ人の暮らしを守る雑誌として定評のある「エコテスト」を取材した。そこでの専門家は、20の食品検査で14食品からグリホサートが検出されたと報告し、パンなどにも検出され、最終的に人の体にも取り込まれていると話す。確かに検出量は危険な規定値以下であるが、人の体にとって「毒は毒」であると、専門家は強調する。

それ故取材班は人の尿中に実際にグリホサート成分が出ているかを調べるためにブレーメン医療研究室を訪れ、レポーター自ら尿中のグリホサートを調べてもらう。レポーターの尿中にはリッターあたり0.65マイクログラムのグリホサートが検出され、ドイツ人の平均値を超えていたが危険な境界値以下であった。

その研究室のハンスヴォルフガング博士は、グリホサートの毒性学上の評価には欠陥があり、安全域が最近2倍量に引き上げられていると指摘し、その評価は認められないと述べていた。

 

事実を認めない経済優先の世界

 

アルゼンチンのカラスコ教授のグリホサート散布による被害実態を裏付ける研究が無視されるように、経済優先の世界に都合の悪い多くの研究が無視され、世界各国の評価機関も無視してきたことも事実である。

特に世界に物議を醸したのはフランスの著名な分子生物学者ジル・エリック・セラリーニ(Gilles-Éric Séralini)教授の2012年に発表した「ラウンドアップ除草剤とラウンドアップ耐性遺伝子組み換えトウモロコシの長期毒性」という長期研究に基ずく論文であった。

論文の要約は、ラットの2年間に及ぶ摂食研究で、ラウンドアップを散布したトウモロコシを食べた動物は、餌にラウンドアップを散布していない動物よりも早く、癌を発症する可能性を実証するものであった。

しかし世界の多くの学者や専門家から「十分に実証されていない」というおびただしい数の批判攻撃を受け、研究を掲載した学術誌『Food and Chemical Toxicology』は最初査読プロセスを経た論文であるとしていたが、約1年後にデザインと方法論に問題があったとして研究論文の掲載を撤回した。

この掲載撤回は南ドイツ新聞が書いているように(注1)、掲載直後から批判の手紙が編集者に殺到し、モンサントの仕組む批判キャンペーンと知りつつも、掲載撤回に追い込まれたというのが真相であった。

しかしこの論文の掲載撤回は学界に論争を巻き起こすだけでなく、世界に「セラリーニ事件」として物議を醸した。評価する側の意見も強まり、撤回された論文も恒久的に読むことができるよう「ジャーナル環境科学ヨーロッパ(ESEU)」に再び掲載した(注2)。

世界の主要なメディアの「セラリーニ事件」への反応は、検証方法が不十分と言及しながらも、セラリーに研究を評価している。

例えばガーディアン紙は「遺伝子組み換えトウモロコシ株が癌を引き起こすこの研究は規制者によって真剣に受け止めなくてはならない」と見出しで強調している(注3)。

フランスの定評あるルモンド紙は、「セラリーニ事件」論争の背後には、お金と真実についての問題があり、科学の独立性を提起している(注4)。

ドイツの「シュピーゲル誌」は、セラリーニはモンサントによる信用失墜キャンペーンの犠牲者であると結論し、セラリーニの研究を評価している(注5)。

 さらに2015年ドイツ科学者協会と国際弁護士協会「イアラナ」ドイツ支部はセラリーニ研究に対して、「グリホサートベースの除草剤ラウンドアップの毒性と腫瘍誘発効果を、ラットを用いた2年間の給餌の動物実験で検証した」と評価し、内部告発者賞を与えている。

こうした「セラリーニ事件」やアルゼンチンなどでの被害拡大を受けて、ドイツの公共放送が2013年に『沈黙の毒』を制作して、グリホサート使用の危険性を世に問い正したのであった。

次回の『沈黙の毒3-3』では、2015年にEUで承認が取り消されると見られていたにもかかわらず、それを反転させたドイツ連邦リスク評価機関(BfR)の安全性評価に対して疑問を呈している。

すなわちBfRの諮問委員会には、農薬企業の代表が委員となっており、評価機関自体がロビー支配されている実態である。

そのような実態から2023年にもグリホサート承認は継続されたが、その継続には絶えず批判が為され、現場での使用基準もより厳しくなり、住居環境での使用は殆どできない程厳しくなり、殆どの市民がグリホサートの危険性を認識していると言えるだろう(次回詳しく述べたい)。

 

裸の王様」と言えない社会

 

日本では携帯を通してGoogleで「ランドアップ、危険性」で検索すると、最初に「ラウンドアップには、発がん性や遺伝毒性はありません。……、有効成分グリホサートは、内閣府の食品委員会をはじめとして、世界各国の規制機関から人体への安全性が確認された成分です」と最初に出てくる。

番目に出て来る解説「ラウンドアップの危険性は?除草剤としての安全性を解説」、さらに関連する6つの質問があり、「ラウンドアップはなぜ禁止されたのか?」まで「除草剤のランドアップは毒性がありますか?」、最初と同じで全面的にランドアップの安全性を明言している。

3番目、4番目の解説も「まったく安全」であることを、巧みに解説している。しかもここまでの長い長い解説を書いているのは、日本でのランドアップ販売権を持つ日産化学であることがわかる。

そして5番目にようやく南九州新聞のラウンドアップに疑問を投げかける記事が現れ(注6)、安全とする側の主張と危険とする側の主張を載せ、世界に拡がり続けているランドアップでの賠償裁判の現状を述べ、最後に世界各国の承認は「ショックドクトリン」を引き出して政治と企業が一体化する新自由主義のコーポラティズム体制(回転ドアのシステム)ではないかと疑問符を投げかけている。

この記事は5番目に載せてあるので行きつくように思うかもしれないが、一見ランドアップ安全性に疑問符を投げかける関連質問が延々と続き、既に携帯のGoogleで疑問点を調べることが慣習化されているなかで、この5番目の記事に行きつくことは難しいように思われる。

しかもドイツのように公共放送やメディアがグリホサート製品の危険性を絶えず警鐘しているのに対し、日本では公共放送NHKや主要な新聞社のグリホサート製品への見解が見当たらない。

したがってドイツではグリホサート製品の危険性を殆どの市民が認識しているが、日本では殆どの市民がその危険性を認識していない。それはドイツは「裸の王様」と言える社会であるのに対して、日本は「裸の王様」と言えない社会であることを意味している。

そのような本質的原因は、このブログで屡々書き続けてきたように、ドイツは戦後の真剣なナチズムを許した反省から官僚支配から官僚奉仕に転じたのに対し、日本では戦後も官僚支配が継続されたからである。

確かに官僚支配は初めは秀でていても、成長するにつれて官僚支配による利権構造が肥大し、ブレーキなしの破滅に向かって行くしかない。

それは原発推進では、90年代ドイツより優れていた太陽光発電風力発電技術をイソップ童話が説くように「黄金の卵を産むガチョウ」を絞め殺し、負債肥大では最早止められない借金大国として、急速に沈んでいく日本の現状を見れば明らかである。

(注1)南ドイツ新聞の「モンサントが学者たちにどのような影響を与えたか」の記事では、セラリーニの研究を不十分で問題があるとしているが、異常な攻撃的評価にこそ問題があると見ている。

https://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/glyphosat-gekaufte-forschung-wie-monsanto-wissenschaftler-beeinflusst-hat-1.3737130

(注2)

https://enveurope.springeropen.com/articles/10.1186/s12302-014-0014-5

(注3)

https://www.theguardian.com/environment/2012/sep/28/study-gm-maize-cancer

(注4)

https://www.lemonde.fr/idees/article/2012/09/22/ogm-qu-a-fait-l-etat_1764058_3232.html

(注5)「シュピーゲル誌」No. 43 2017, pp. 108–110

(注6)

https://weboosumi.com/article.php?id=8895571592