(71)脱原発を求めて。(1)低線量被ばくの真相と魔女狩りの始まり

決してテーマを変えるわけではない。脱原発は、日本の未来が天国となるか地獄となるかを左右する鍵である。
福島原発事故の後、計画停電、厳しい節電にもかかわらず、脱原発を求める国民世論が段階的廃炉を含めて7割から8割に達したことは驚くべき変化である。(2011年6月19日東京新聞約82%、6月13日朝日新聞74%、8月2日毎日新聞74%)
このような世論調査を受けてマスメディアの変化も大きく、東京新聞が9月の社説で「脱原発は後退ではなく進化である」と掲げた勇気は、ひと際目を引くものであった。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011090202000051.html

何故ならこの国はドイツの「シュピーゲル」誌が報道するように「原子力国家」であり、国家や原子力産業に不都合な事実を暴露し、報道する者は制裁を受ける国であるからだ。
2011年5月23日号「シュピーゲル」誌http://www.spiegel.de/spiegel/0,1518,764069,00.html
翻訳文http://uesugitakashi.com/?p=917

しかしそうした厳しい指摘のなかで、公共放送NHKも大きな変化が見られた。
事故直後は原発推進が国策であることから、これまで原発に関与してきた学者や専門家を登場させて、楽観的解説に終始していた。
しかしそれらの解説がはずれ、水素爆発、そしてメルトダウンの真相が明らかになるにつれて、原発に向き合う姿勢も一変し、ブログ3で書いたように7月23日放映「双方向解説そこが知りたい!−どうする原発、エネルギー政策」の論議では、一人を除き脱原発で一致した。
そして11月27日NHK放映の「安全神話ー当事者が語る事故の深層」では、官僚、専門家、そして東京電力幹部のインタビューを通して原発神話の内実を明らかにした。(動画http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-4426.html

そこでは、チェルノブイリ事故後にシビアアクシデント対策が必要不可欠とされたが、その費用が膨大であるなどの理由から対策委員会は迷走し、結局企業の自主規制に任されたことを当事者の証言で浮き彫りにした。
そして東京電力の当事者の「シビアアクシデント対策が企業の自主規制に任されたことは何もしないことであり、それでは何れ事故が起きるかもしれないが、少なくとも自分の任期期間中には起きないことを願った」という証言は、事故は起こるべくして起こったことを曝け出した。

12月18日放映の「シリーズ原発危機 メルトダウン  福島第一原発 あのとき何が」では、シビアアクシデント対策が実施されていれば、全電源が喪失しても非常用予備タンク(イソコン)の弁を開くことで、メルトダウンを回避できたことをシシミュレーションで実証した。
(動画http://veohdownload.blog37.fc2.com/blog-entry-12475.html

12月28日放映の「低線量被ばく揺らぐ国際基準」追跡!真相ファイル」では、
1ミリシーベルト以下の極めて低い被ばくでも発ガンリスクが激増することを取材を通して描き、国が安全指針として採用している国際放射防護委員会(ICRP)の基準値に科学的根拠がないことを立証した。
さらにICRPの予算はアメリ原子力委員会日本原子力研究開発機構などの寄付で成り立っており、原発推進を求める側の委員会であることも明らかにした。
(動画http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65782795.html

公共放送NHKがドイツのように一歩も二歩も踏み込んで、このような検証番組を制作した意義は大きいと思っていた矢先、このNHK番組はデマだというキャンペンが沸き起こり、この番組を制作したディレクターが名指しで非難された。(BPOはNHKの捏造を調査せよ。http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51765226.html

まさにこれは、原発推進側の魔女狩りの開始である。
ドイツでは低線量被ばくのリスクは国民の周知する事柄であり、それ故に原発推進側のあらゆる圧力と攻撃にもかかわらず、脱原発を実現したと言っても過言でない。すなわちドイツ連邦環境省放射線防護局(BfS)は、16の原発がある周辺地域の1980年から2003年にわたる疫学調査で、子供が癌にかかる確率が異常に高いことを2007年12月に公表し、安全基準値以下の低い放射線濃度においても危険であることを明らかにした。(BfS:Pressmitteilungen:12.2007)
その後原発推進側はこの報告が命取りとなることから、政治の激しい圧力と攻撃で、直接的な原因に関しては有耶無耶したが、ほとんどのドイツ国民は直接的原因が原発にあることを疑わなかった。
何故ならドイツでは低線量被ばくのリスクは、多くの原発周辺地域の専門医の周知の事実であり(注1)、どのように原発推進側が有耶無耶にしても、繰り返し事実が明るみに出てくるのだ。
例えばニーダーザクセン州の岩塩層アッセ貯蔵場では、カールスルーエ原子力研究所の1960年代から1978年までの研究目的低中レベルの放射性廃棄物などの12万6000のドラム缶が岩塩層地下750メートルに運び込まれ、地下水を一部汚染していることが問題視されてきた。
公共放送ZDFはそのアッセ周辺で、2002年から2009年間に白血病及び甲状腺癌の発生率が急上昇していることを報道した。(ZDF Nachrichtung 04.12.2010)

何故原発推進側が必死になってNHKを攻撃し、心ある制作ディレクターを魔女狩りするかは、低線量被ばくのリスクが事実であるからだ。
0,2ミリシーベルトといった低線量被ばくのリスクが事実として公に認められれば、原発運転再開が難しくなるだけでなく、核燃料サイクル事業や最終処分場計画も難しくなり、原発推進の命取りとなるからだ。

さらに調べて見ると、2011年12月2日放映の時論公論核燃料サイクル」の解説だけが解説委員室になく、あたかもそのような放映はなかったかのようである。
私は確かに12月2日の深夜、水野倫之解説委員の明瞭でわかり易い解説を聞き、核燃料リサイクル全体の見直し(計画廃止)を急げとした主張に、ここまで変わったNHKに驚くと同時に、心から拍手した。
検索して調べて見ると、確かに番組があったことがわかったが、この時論公論「核燃料リサイクル」の視聴者の意見がすっぽり抉り取られたようにない。
もし事実とすれば、ジョージオーエルの小説『1984年』におけるような監視社会への準備は完成され、事実も改ざんする真理省のような機関が情報操作に動き出していると言えよう。
そして1月9日の時論公論「薄氷を踏む、今年の電力供給態勢」では、7月23日放映「双方向解説そこが知りたい!−どうする原発、エネルギー政策」の議論で、唯一人脱原発に反対し、原発を多様な選択肢の一つとして残すことを強調した嶋津八生解説委員が、原発が再開されないと非常に厳しい今年の状況を解説し、最後にここでも原発という多様な選択肢を残すことを主張した。
原発を多様な選択肢の一つとして残すという主張は一見聞こえがよく、必ずしも原発推進を求めているようには聞こえない。
しかし原発が動き出せば天然ガス発電のように調整ができないことから、風力発電のような再生可能エネルギーの伸展を妨げ、ドイツに較べて恐ろしく後退した事実を直視すべきである。
ドイツでは、政府の政治家たちが原発運転期間延長を求めて、「原発再生可能エネルギーへのエネルギー転換の架け橋として必要である」という主張に対して、環境省環境事務局(SRU)の専門家たちは、架け橋というのは偽りであり、如何に再生可能エネルギーの発展を妨害しているかを、ZDFフィルムで見るように例を挙げて検証したのであった。
すなわち原発を多様な選択肢の一つとして残すことは、あくまでも言葉の綾であり、原発事故、原発廃棄物、そして低線量被ばくを考える時、原発推進側の巧みなトリックに他ならない。
このようなNHKに対する魔女狩りによって、原発推進の幟が再び立てられると同時に、現在原子力政策の抜本的な見直しがなされているにもかかわらず、「核燃料リサイクル」事業の中核的2施設、再処理工場とMOX燃料工場の試験運転や建設再開が着々と進行している。(東京新聞1月12日)

新たに始まった原発推進側の攻勢を葬るには、国民全体に低線量被ばくのリスクという事実を知らせていくことが第一歩であろう。

(注1)私自身も、ドイツの専門医から低線量被ばくのリスクを直接聞いたことがあった。2002年夏ドイツのシェーナウの市民電力創設者であり、フライブルグ大学の放射線専門医でもあるミハエル・スラーデックが来日し、巻町の講演に同行した翌日刈羽村柏崎原発に反対する人たちを訪れた。その際若い主婦から低線量被ばくのリスクの質問が出て、通訳がいないため私が仲介したのであったが、なかなか飲み込めない私に、彼が熱心に何度もそのリスクを断言したことを思い出す。