(128)映画が抉り出す真実(6)全体主義のマインドコントロールは解けるか(『ウェイヴ』)

昨年の生活保護不正受給以降マスメディアを通して生活保護者バッシングが拡がって行き、自民党は「生活保護給付水準一割削減」を掲げ、政府は先週今後三年で8,3パーセントの削減を決定した。
その大きな理由は、国民年金だけに依存する人たちよりも受給額が多いことや、低賃金者(ワーキングプア)よりも多くなっているからである。
確かに不正受給はあるにしても、それは犯罪であり、実際の生活保護者の実態は光熱費などが値上げされるなかで恐ろしく厳しく、現在でさえも暮らしが憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」を満たしているとは思えない。
本来ならば40年も毎月支払ってきた国民年金受給者の月7万円ほどのより少ない受給額が引き上げられ、ワーキングプアの賃金が生活保護者よりも多くなるように最低賃金が保障される方向で議論されるべきだ。
しかし政府、そしてマスメディアも新自由主義の底辺競争に迎合し、2パーセントのインフレターゲット実施にもかかわらず、そのようなポジティブな姿勢が全く見られない。
しかもこうしたやり方を、私のように不当と感じる者は少数者であり、小泉新自由主義政権以前のように少数者にも寛容が求められた頃と異なり、世間では異端視されかねない。
まさにそうした現在に、ハシズム傾斜に見られるように全体主義(独裁)のマインドコントロールを感じざるにはいられない。

その恐ろしさを強く感じたのは、2008年公開と同時に、瞬く間にドイツ全土の一世を風靡した『ディ・ヴェレ(ウェイヴ)』(注1)を見た時だった。
この映画は冒頭に実話に基づいていると字幕あるように、1967年アメリカの高校で実際に起きた事件を検証して制作されている。

ドイツの総合高校(ゲザムトシューレ・注2)での5日間の特別学習週間で民主主義の長所を学ぶために「独裁制」と「無政府主義」のクラスが自由選択されることになり、体育系出身の教師ライナ・ベンガーは政治活動に参加したこともあり最初「無政府主義」を担当しようとするが、専門ベテラン教師ビランドの意向で「独裁制」を教えることになる。
初日の月曜日は、ベンガーの「もう独裁制はあり得ないか?」という質問に対して、生徒たちは「ドイツでは独裁制はあり得ない」と答え、「ナチスは最低だ!」と反応する。
そこでベンガーは休憩の後独裁を試すことを提案し、質問の仕方から答え方、さらにはリーダーとしての教師を様づけで呼ぶことに至たるまで規律を作り授業を進めていく。
普段は規律のないことで一体感に欠ける授業が、規律によってクラス全員の一体感が生まれ高揚していく。
二日目の火曜日は、規律が授業の始まりから生徒の自発的なものとなり、ベンガーの号令でクラス全員が足踏みすることで、下のクラスのビランドの授業を威圧するだけでなく、団結力へと高まっていく。
三日目の水曜日はベンガーの提案で白シャツを制服とすることになり、これまで人気者でクラスを引っ張っていたカロやモナの二人の女子生徒以外は全員白を着用してくる。
クラスの団体名が“ウェイヴ”と名付けられ、活動が自発的にクラスの外でも高まっていく。
その反面、カロのような規律に従わない者は異端視されていく。
四日目の木曜日はウェイヴが生徒たちのクラス外での活動で世間にも注目を集め、ベンガーは女性校長からエールを受ける。
しかし生徒たちの熱狂は、カロが制御不能とベンガーに訴えるように、ますますエスカレートしていく。
最終日の金曜日、ベンガーは朝内向的生徒ティムの一晩中の警護に驚き、新聞で工事現場の大きく書かれた“ウェイヴ”の写真を見て、授業が節度を越えたことを知る。
そのため最終授業では反省を強く求めて、実習体験レポートを書かせる。
しかし“ウェイヴ”の活動は授業終息で終わらず、午後からのベンガーがコーチする水球の試合では試合が中止されるほど過熱したことから、事の重大性を知り、活動を終息させるべく生徒を休日の土曜正午に講堂に招集し、次のように生徒のレポートを読むことから話を始める。

「欲しいものなら何でも持っていたが、毎日退屈だった」
(生徒「僕のだ」)
「でも今週は楽しかった」
「誰がイケてるとか人気者とか関係ない」
「ウェイヴは皆平等だ」
「民族や宗教や階級を超越して皆が一つになった」
「ウェーブの目的や理想は支持に値する」
「自分はよくカツアゲをしていたが愚かだった」
「ウェイヴに取り組む方がいい」
「皆で助け合うと成果も大きい」
「どんな犠牲も払う」
ベンガー「今読んだのは、諸君が書いた実習レポートの抜粋だ。俺は非常に感動した。ウェイヴを存続させるべきだ」
マルコ(カロの恋人、活動を推進してきた一人であったが、カロを傷つけることで反省)「何だって」
ベンガー「マルコ座れ」
マルコ「でも他の皆は、・・」
ベンガー「いいから座れ」
ベンガー「ドイツは下り坂だ。グローバル化の敗者だ。政治家は効率化こそ、解決策だと言う。だが奴らは大企業の手先だ。失業率も低下し、輸出も好調とと言うけれど、金持ちと貧乏人の格差は広がる一方だ!
現代の脅威はテロだ。野放しの不正によって我々が自らにもたらすテロだ!
少しずつ地球が破壊される一方で、大富豪たちは仲間と結託し見世物用の宇宙カプセルを造っている!」
マルコ「目を覚ませ、彼は皆を扇動してる」
生徒「マルコ座れ」
ベンガー「俺は真実を言ったまでさ」
マルコ「ウェイヴは問題だ」
ベンガー「違う、ウェーブこそ唯一の正解だ。団結は力なり。今こそ、我々が歴史に名を残す時が来た!恋人に感化されたのか情けない」
マルコ「違う」
リザ「そうよ、傲慢な態度が彼女そっくり」
ベンガー「やめないぞ、ウェイヴはドイツ全土を飲み込む!我々の邪魔をするものは叩きつぶす!」
ティム「そうだ」
ベンガー「反逆者をここへ」
マルコ「はなせバカヤロー」
ベンガー「マルコ皆の前で答えろ。君は皆の敵か、味方か?」
マルコ「こんなの異常だよ」
ベンガー「反逆者をどうする?反逆者をどうすればいい?ボンバー言え。さぁ早く、彼を連行したろ」
ボンバー「あんたが命令を」
ベンガー「俺の命令だと?俺の命令なら殺すのか、彼を絞首刑や断頭台に?それとも我々に従うまで拷問するのか?・・・」
ベンガー「これが独裁の実態だ。気づいていたか?・・マルコ大丈夫か」
マルコ「ああ・・」
ベンガー「最初の授業での質問を覚えているか、“もう独裁はあり得ない?”。まさにこの状態が独裁だ。自分たちを特別な存在だと思い込み、もっと悪いことに反対する者を全員排除した。傷つけた。他にも過ちを犯したかも。君たちに謝るよ。我々はやりすぎた。俺の責任だ。終わりにする」

教師ベンガーこのように幕を引こうとした。
しかし生徒たちは最早ベンガーの終息宣言では治まらず、自らのマインドコントロールが解けない生徒の悲惨な事件が待ち受けていた。
そしてこの悲惨な事件で、生徒たちの“ウェイヴ”へのマインドコントロールは完全に解けた。

しかし現在の日本で起きている全体主義マインドコントロールへの傾斜は、生活保護者の繰り返される悲惨な自殺で解かれるようなものではなく、むしろ加速している。
全体主義(独裁)へ傾斜する原因は、この映画でも生徒たちが自ら答えていたように、高い失業率、社会不満、政治への幻滅、貧富の格差拡大などが挙げられ、これらの原因を解消することなしにはマインドコントロールを解く方法はないように思われる。
現実的手段としては、教育機会の均等から手を付けるべきである。
既に度々述べているように日本の教育機会均等は最早言葉だけであり、欧州に較べて余りに酷く、格差拡大の要因と言っても過言でない。
ドイツのように大学授業料無料化、すべての職業教育を無料化を実現し(注3)、若者に公平な教育機会のチャンスを与えるべきだ。
また生活保護者に対しては、自立できるように抜本的な社会変革を通して社会システムに組み込んだ教育指導がなされるべきである。
例えば現在のような効率優先、利権優先のお金のかかる箱物施設での画一介護や医療に依るのではなく、地域の人たちがお互いに助け合える、空家を利用したグループホームでの介護や在宅医療システムに変えていけば、生活保護者の人たちも身体能力に応じて、生きがいを持って働ける仕事を見つけることも可能となろう。

(注1)動画予告編http://www.youtube.com/watch?v=9ljj_M71oKM

(注2)ドイツの生徒は日本と異なり小学校4年生で、大学進学のギムナジウム(進学高校)、レアルシュレ(実務学校)、ハウプトシュレ(職業学校)の選択をするのが一般的である。しかし60年代の教育の民主化から大学進学及び職業が選択できるゲザムトシュレ(総合学校)が大都市近辺で新設されるようになっていったが、移民の子供たちが入学してくるなど多くの問題を抱え、80年以降はほとんど新設されていない。
ギムナジウムに比べ入学が易しいことから大学進学の抜け道であったり、移民を含めて離婚などで家庭環境が複雑なことと、規律が少ない自由を尊重するドイツにおいては、映画のような学校が一般的である。

(注3)ドイツの戦後はどのような貧しい家庭に生まれても、教育の機会均等が実現できるように、幼稚園から大学及び職業学校が無料化されだけでなく、十分な奨学金貸与でハンデェイがないことが目標とされた。
事実シュレーダー元首相や現在のベルリン市長ヴォーヴェライトは、貧しい母子家庭であった。
ドイツも競争原理を最優先する新自由主義の進展で、2006年から一部の州で大学授業料有料化が始まったが(年間1000ユーロ)、2008年のヘッセン州選挙で有料化廃止が決まると他の3州でも次々と無料化され、現在ではバイエルン州ニーダーザクセン州の2州だけとなり、ニーダーザクセン州も先月の選挙で社会民主党緑の党の赤と緑の連立政権が成立したことから無料化実施は時間の問題であり、バイエルン州も不公正の観点から有料化を継続することは不可能となってきている。