(65)「ドイツから学ぶ99パーセントの幸せ」 第11回 2010年ドイツの新自由主義からの転換。中編

連邦選挙に圧勝した黒(キリスト教民主同盟)と黄色(自由民主党)の連立政権は、選挙の公約通り減税を経済成長加速法(Wachstumsbeschleunigangsgesetz)と命名して2010年1月に施行した。
具体的には、子供控除の増額、相続税の減税、企業減価償却における減税、宿泊料消費税17パーセントから7パーセントへの減税など240億ユーロにも上る減税で、家庭や中小企業に配慮したものであり、新自由主義推進の「アジェンダ2010」を軌道修正するものであった。
またメルケルは選挙直前に金融危機を防ぐために、金融投機税(トービン税)を世界の金融取引に導入することを提唱し、2010年の1月にはマスメディアを通してカナダのトロントG20で実現を目指すまでに高まって行った。(2010年のG20では金融投機税をフランスと共同提唱したが、アメリカ、カナダ、オーストラリア、そして日本の強い反対で先送りされた)

しかし新自由主義の推進力とも言うべき原発に対しては、このような姿勢とは全く異なり、政府首脳は原発運転期間28年の延長を求めて議会で捲くし立てた。

(グイド・ウエスタベレ外務大臣自由民主党党首)
ドイツの原発からの下車は、環境にも悪いだけでなく、経済にも悪い。すなわち、家庭に高い価格を持ち込むことであり、反社会的である。
(ボルカー・カウダーキリスト教民主同盟CDU議員団代表)
私たちは電力価格がさらに上がり、電力消費が贅沢となることを望まない。
メルケル首相の議会発言)
私たちは原発運転期間の延長を望む。何故なら原発は安全であり、私たちは原発を必要とするからだ。

まさに原発運転期間28年間の延長案は、2001年の脱原発協定の破棄に等しく、原発推進政策への転換であった。
それは2008年から原発廃棄時期を次々と迎えるニィダーザクセン州や2009年に廃棄時期を迎えるバーデンヴェルテンブルグ州のキリスト教民主同盟の州首相たちが、、「フィンランドやスェーデンのように原発運転期間を延長しないことは国家財産の損失であり、早急な原発撤退はドイツの電気料金を高騰させる」と主張して、廃棄時期を無視して延長させてきた経緯があった。
またそこには、ドイツの原発産業ロビイストたちがフィンランドやスェーデンで原発延長の際スローガンとした「原発の安さ、クリンさ、安全さ」で、キリスト民主同盟の政治家を洗脳した経緯があった。
しかしメルケル政権は、世論調査で国民の過半数脱原発を支持していることから慎重に計画を進め、2010年5月のノルトライン・ヴェストファーレン州の選挙の信任を待って、28年間の延長を決定しようとした。
何故ならノルトライン・ヴェストファーレン州はキリスト民主同盟の牙城であり、勝てると確信していた。
しかし3月にキリスト教民主同盟の新しい環境大臣ノルベルト・レーテンガーが、原発廃棄物の最終処分場としてゴアレーベンの再調査を発表すると、これまで充電されてきたドイツ市民の怒りと連帯に火を点けた。
しかもマスメディアもZDFを先頭に、ゴアレーベンの再調査の不可解さを追及し、原発運転期間延長反対の火がドイツ全土に拡がって行った。
その結果ノルトライン・ヴェストファーレン州の選挙でキリスト民主同盟は敗北し、連邦参議院の69議席中6議席を失い31議席となり、原発運転期間の延長は困難になった。
しかしメルケル政権は、既に原発4基が2009年までに運転期間を過ぎていることから延長期間を12年に短縮して、連邦議会の優先権で突破しようとした。
もっともこれまでの議会での強気は影を潜め、原発が太陽光や風力の再生可能エネルギーへの架け橋として必要であることを強調した。

(フォルカー キリスト教民主同盟CDU議員団代表)
私たちは地球温暖化目標の達成を望んでいる。そのためには、原発は時代の架け橋の技術として利用されねばならない。
(ライナー 自由民主党FDP連邦経済大臣)
再生エネルギー時代の架け橋として原発の運転期間延長は必要である。
(ヨアヒム キリスト教民主同盟CDUエネルギー政策スポークスマン)
再生可能エネルギー原発は矛盾していない。それらは同じメダルの表と裏である。

このような政府の架け橋として原発運転期間延長を求める発言に対して、マスメディアは一斉に「原発の運転は出力を調整できないから、むしろ再生可能エネルギーの進展を妨害するものであり、架け橋はエネルギー効率の高い熱併給天然ガス発電である」と、政府の嘘を厳しく批判した。
一際目立ったのは公共放送のZDFであり、7月に放映したフィルム「大いなるこけおどし・・・原発政策の間違った約束」では、環境省の専門家などの発言による検証で、政府の原発運転期間延長政策の嘘をことごとく論破した。
政府の原発の架け橋としての発言に対して、シュットガルト市の架け橋となる80万人用天然ガス熱併給発電計画が、原発運転期間の延長で中止に追い込まれようとしていることを、公営エネルギー企業代表の証言で明らかにした。
またゴアレーベンの再調査のついては、80年代初めの試掘開始から調査に参加している地質学者の証言や膨大な書類の検証でゴアレーベンの問題点を指摘し、ゴアレーベンの再調査は原発運転期間の延長をするためのマヤカシであることを明らかにした。
さらに原発テロへの政府の安全対策を、「2006年からイスラエル防御壁攻撃に使用されている持ち運び可能なロケット砲は、3キロ離れた地点から5メートルのコンクリートを貫通できる」という専門家の証言を通して、いかに無防備であるかを検証した。
さらにこのZDFフィルムに登場した政府の専門家たちは、以下のような証言をしていた。

(ヴォルフガング・レネベルク、2009年まで連邦環境省原子炉安全局局長)
私は安全性の理由から、古い原発を設定された期間以上運転することは、無責任だと思っている。
ドイツの全ての原発は、今日申請許可が得られるものではないだろう。
(ボルフラム・ケーニヒ、連邦環境省放射線防護局局長)
ゴアレーベンのような一つだけの最終処分場カードを切ると、実質的には10年から15年の長いプロセスの終わりに、すなわち原子力の計画確定作業の終わりに、安全性の裏づけが得られないということが明らかになれば対処できない。
私たちは、政治が選んだやり方を理解できない。
(ヨアヒム・ヴィランド、法務省法務局憲法裁判官)
脱原発合意が解約されるなら、すなわち飛行機墜落を防御できない古い原発の操業許可が延長されるなら、国家は市民を守る防御義務に違反する。
(オラーフ ホォフマイヤー、連邦環境省環境事務局メルケル首相政府顧問)
脱原発からの下車は、明らかに巨大電力企業に長期に渡って運転を約束するものである。
それは内容的に全く馬鹿げており、エネルギー政策的に間違った決定である。
原発の長期運転は必然的により高い収益をもたらす。しかしそれは、過去の例が実証するように安い電力料金を導くものではない。
もし私たちが底なしに向かう原発運転期間延長のシグナルを与えるなら、それは同時に再生エネルギーへの道を望まないというシグナルを与えることになる。

このような公共放送ZDFの放映はドイツ国民全体に大きな反響を与え、原発運転期間延長反対の声が益々高まって行った。
しかしメルケル政権は2010年9月連邦議会原子力法改正を決議し、連邦参議院の承認を受けることなく12年の延長を施行した。
そして11月1日からゴアレーベン最終処分場の調査が再開されると、2日のZDFのフロンタール21は、明白となっているゴアレーベン最終処分場の問題点の検証を通して厳しく批判し、「現在の政治は、国民を大きな信頼の危機に落とし入れている」と述べ、国民の信頼を取り戻すことを強く求めた。
この時既に世論調査では、原発運転期間の延長に反対する国民が圧倒的に多く、保守王国バーデンブルテンベルク州の2011年3月の州知事選挙で緑の党州知事誕生が予想されていた。