(66)「ドイツから学ぶ99パーセントの幸せ」 第12回(最終回) 2010年ドイツの新自由主義からの転換。後編

2011年5月メルケル首相は、キリスト教民主同盟の党大会で「福島が私の考えを変えた」と言って転換の転換である脱原発宣言した。
確かに福島原発事故が大きな切っ掛けではあったが、そのような選択に追い込まれたのは、ドイツ国民が2010年の原発運転期間12年延長を受け入れなかったからに他ならない。
2010年の3月のブレーメン州やバーデンヴェルテンブルグ州のキリスト教民主同盟の惨敗は、それまでの世論調査の予想通りの結果であり、福島原発事故が主因ではない。
主因は、既に述べたように2010年のドイツの新自由主義からの転換である。
ドイツのマスメディアは「アジェンダ2010」の開始時点では、シュピーゲル誌からZDFに至るまで競争力の最優先を支持し、新自由主義に支配されていたと言っても過言でない。しかし「アジェンダ2010」が終わる2010年には、金融危機後の財政悪化や、夥しい老舗企業の倒産で、新自由主義の激しい批判に転じ、政府の無謀な原発運転期間延長に対して政治と原発産業の癒着から原発の招く未来の危うさまで、あらゆる側面から戦う姿勢に変化していた。
また風力や太陽光などの自然エネルギーがドイツの消費電力の20パーセント占めるまでにこの10年で倍増し、飛躍的に成長してきた新しい産業はその成長を妨げる原発運転期間の延長対し危機感を持ち、政府首脳の架け橋という嘘を正確な資料公開で戦った。
もちろんキリスト教民主同盟支持の国民でさえ、原発運転期間の延長がドイツの未来にもたらす意味を真剣に考え、緑の党などへ投票したものは決して少なくなかった。
すなわちドイツの国民は最終処分場ゴアレーベンの再調査再開を通して、原発が継続される社会は嘘で塗り固められ、原発の「安い、クリーン、安全」という嘘が導く社会の危うさを感じたからに他ならない。
新自由主義が、巨大事故、廃棄物の汚染、原発テロへの危険性を無視して原発ルネサンスを推し進める理由は、新興国などの需要の高まりで莫大な富をもたらすだけでなく、究極的に新自由主義の世界支配が完成されていくからだ。
それは、原発が中央支配的な構造を持ち、原発が世界に普及することで巨大事故の確率が高まり、既成事実として処理不可能な放射線廃棄物が世界に溢れ出し、ロケット砲での原発テロが高まることから、必然的に監視社会が必要とされ、世界を支配する全体主義社会の完成を意味するからだ。
福島原発事故後も原発ルネッサンスを粛々と推し進める世界の危うさのなかで、ドイツの新自由主義の転換による脱原発の選択は、日本だけでなく世界、そして人類の希望である。
ドイツの脱原発社会が世界の希望となる理由は、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーで100パーセント賄われる社会は、エネルギーが地域単位でつくられることから、地域分散社会を必然的に創出していくからだ。
実際再生可能エネルギー100パーセントで賄われる社会は可能であり、ドイツの連邦環境省の専門家からなる環境事務局(SRU)は2010年に政府の原発運転期間延長に反対して、膨大な資料に基づく「100パーセント再生可能電力の供給への道」を公表し、予定通り2020年代に原発廃棄は可能であるだけでなく、2050年までに100パーセント再生可能電力の供給が実現できることを明らかにした。
さらに福島原発事故が起きると環境省は、「ドイツの電力供給の再構築」(注1)という資料を用意し、天然ガスの利用で2017年までに完全にドイツの原発を停止することが可能であることをメルケル首相に提言し、メルケル首相に決断を促した。。
そして再生可能エネルギーで100パーセント賄われる地域分散社会こそは、戦後のドイツの「万人の幸せ(Wohlstand für alle )」 を実現させた社会的市場経済が100パーセント発揮される社会に他ならない。
この社会的市場経済とは、フライブルク大学のM.アルマック、W.オイケン、W.レプケなどのオルド自由主義経済学者によってつくられた経済概念であり、市場経済のなかに個人の自由と社会公正という2つの価値を統合させた経済秩序理論であった。
具体的には既に第一回で述べたように、市場における競争秩序政策で寡占を防ぎ、地域の中小の企業を保護育成した。
また市場機構のみでは不平等を生ずることから、社会政策によって弱者を保護し、社会扶助といった社会的公正を実現した。
すなわちこの社会政策は、従業員の経営参加(共同決定法)、個人の財産確立(財産形成法)、安定した豊かな社会形成(社会保障制度)として具体化され、労働時間、閉店時間、休暇日数、社会福祉労働分配率などの中に明確に現れていた。
しかし90年代以降の急激な新自由主義の進展で、社会的市場経済の市民を守る象徴とも言うべき閉店法が96年に緩和され、2006年には原則的に日曜閉店を除き24時間営業が可能となる程に競争秩序を維持してきたあらゆる規制が取り払われて行った。
その結果、弱肉強食競争で企業倒産が激増し、かつての「万人の幸せ」求めた社会的市場経済は機能を停止したと言って過言ではなかった。
そのような状況のなかで、特に金融危機以後「万人の幸せ」を求める枠組みを築いたレプケが注目を浴び、ドイツ各地の大学でレプケについての講演が開催されている。(注2)
それはレプケが市場の自由放任に強く反対し、寡占状態を許さない枠組みで規制し、市場を経済変動に適応させ、経済体制に適合させる政治的干渉という規制を提起していたからである。(注3)
またそれは、地域構造、産業構造、企業規模構造、所得財産構造などの構造政策で政治が介入し、地域に中小の企業を健全に根付かせ、格差を小さく分散することで万人の幸せを実現させる政策であることから、新自由主義を克服するものであるからだ。
まさに、脱原発によって創出される再生可能エネルギー100パーセントの地域分散社会は、レプケ(注4)の提起した万人を幸せにする理想の社会、すなわち99パーセントの幸せを実現するものである。
(文責関口博之)

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連載が終えたこともあり、18日まで休みます。

(注1)、「ドイツの電力供給の再構築」(ドイツ語)
http://www.umweltdaten.de/publikationen/fpdf-l/4117.pdf

(注2)資料(ドイツ語)
http://www.archiv-grundeinkommen.de/straubhaar/roepke-vorlesung.pdf
http://www.econstor.eu/bitstream/10419/36474/1/617387478.pdf

(注3)
そのような先人の教えに従って、ドイツは今週のEU首脳会議で各国の財政規律強化だけでなく金融投機税などの社会的市場経済の規制強化を求めている。

(注4)
レプケについての日本語資料
オイケンとレプケの比較考察 長屋泰昭
http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/bitstream/10466/11803/1/2009200959.pdf

ドイツ新自由主義の第3の道(2)福田敏浩
http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/eml/Ronso/335/335fukuda.pdf