(143)タイタニック日本のないことを願って(8)アベノミックス攻めの農業は日本農業を壊滅させる!

産業戦略会議では“攻めの農業”とか、“農業を成長分野へ位置付ける”と言った議論がなされている。
しかしこの十数年日本は、絶えず農業者の高齢化克服と穀物自給拡大を莫大な助成金のバラマキで求めてきたが、前に進むどころか後退し続けている。
特に農業者の高齢化は著しく、英国、アメリカが65歳以上の農業者の割合が20パーセントほどで、ドイツ、フランスが10パーセント台であるにもかかわらず、60パーセントを超えている。
しかも35歳未満の若者は5パーセントにも達せず、莫大なお金で支援しているにもかかわらず、いかに農業が魅力のない職業かを物語っている。
数年前に一世を風靡した『日本は世界5位の農業大国』(講談社プラスアルファ新書)は数字のレトリックであり、どのように装っても日本は全く競争力のない世界一の農業輸入国である(注1)。
すなわち日本の2005年の国内農業生産額は826億ドルで世界第5位であることは確かであるが、農業生産額とはその国の農産物価格の総額であり、日本の農産物価格は途上国に較べて10倍ほど高く、欧米に較べても3倍ほど高い。
それ故日本の農産物価格をドイツの基準に合わせるだけで数十位に後退し、途上国の基準に合わせれば、農業大国の大嘘が見えてくる。
その証拠にコメの関税778パーセントが象徴するように、小麦から乳製品に至るまで主要な食料品101種類に200パーセントを超える課税がなされている。
したがって日本がTPPに加入で関税が撤廃されると、安部政権の今年3月の政府試算でさえ、コメの農業生産額32パーセント、牛肉63パーセント、牛乳乳製品45パーセント、小麦99パーセント、砂糖100パーセントと壊滅的減少で、3兆円減額すると公表している。
そのように国際競争力のない農業にもかかわらず、アベノミックス農業戦略は農林水産物4500億円(農産物は2000億円ほど)の輸出を1兆円に倍増する攻撃目標を掲げ、マインド転換で乗り越えようとしている。
しかしそれは、窮地に追い込まれるなかで竹槍攻撃で立ち向かう無謀さであり、現実を直視しなければ、戦後の木材自由化まで木材自給国であった林業をほぼ壊滅させたように、日本農業を壊滅させることになりかねない。

何故なら2000億円の農業輸出も、輸出支援事業として農業関連61団体に莫大な助成金が支給され、そのお金で海外で豪勢な宣伝活動がなされるからであり、輸出農産物も味噌、醤油、緑茶などの加工食品であり、食用農産物は長いも、りんご等であるが、180億円弱である。
産業戦略会議では、兼業農家にも耕作面積に応じて一律の所得補償が支払われる制度を専業農家に集中していくことで農地の集約化を実現し、さらにはそのような条件整備の下で他産業から企業の新規参入を呼び込むことで競争力の強化し、成長産業化を図ろうとしている。
しかしそのような戦略も、日本の農家一戸あたり2,3ヘクタールに対して米国169、6ヘクタール、豪州2970、4ヘクタールであることから見ても、関税が撤廃されれば全く機能しないことは明らかである。
特にコメに関して言えば、カリフォルニア州の農家は半数以上が1000エーカー(406ヘクタール)以上の大規模農家であり、小麦やコシヒカリを栽培している。
これらの大規模農家のコシヒカリ栽培は、播種や防除は航空機による空中散布業者への外部委託であり、農家は大形トラクターでの施肥及び大形コンバインでの収穫だけに専念し、籾の運搬や乾燥も外部委託の専門業者が請け負い、経営の合理化が完結している。
こうした競争力の圧倒的違いが、コメ778パーセントの高額な関税なのだ。
もしTPP加入で日本の関税が撤廃されれば、こうした大規模農家は小麦の作付けを利益率のよいコメに転換することから、日本のコメ専業農家やコメ参入企業がどのように努力しても壊滅を免れない。
アベノミックスの攻撃的農業を掲げる新自由主義農業政策論者は、こうしたリスクを想定していないわけではない。
しかし彼らにとっては新自由主義推進が最優先され、日本農業壊滅という最悪のシナリオさえ、世界分業によって食料は最も安い生産地域から購入すればよく、それがとりもなをさず産業輸出国日本の国益であり、安い農産物輸入は国民にとっても益するという声が聞こえてくる。
確かに消費者にとっては日本のコメ農家が壊滅しても、一時的に非常に安い価格でコシヒカリを購入できるようになるだろう。
しかし恐ろしい速さで地球温暖化が進行しており、既に異常気象で生産地域が干ばつに襲われる事象が頻出している。
従って将来的にカリフォルニアやオーストラリアの大規模コメ生産地が干ばつに襲われる可能性は高く、その場合恐ろしく高騰するどころか、国内のコメ農家が壊滅していれば、コメを口にすることさえできないのだ。
何故ならそのような大規模生産地では、川の水門を開くことで耕作地全体を田んぼにすることから、干ばつともなれば収穫量がゼロとなるからである。
その場合西洋人のように小麦や穀物を食べればよいと言うだろうが、コメが収穫できない干ばつでは、小麦や穀物の収穫も難しく、穀物自給で備えている欧米とは異なり、全面的な食料輸入国では飢えるしかないのだ。

(注1)(43)検証シリーズ7参照
http://d.hatena.ne.jp/msehi/20111012/1318367971