(261)カントの理想実現(19)・今ギリシャが世界に問うもの(3)・欲望の道具と化した理性

『ヨーロッパは維持できるか?』第三回壊れていくヨーロッパへの対処
フイルムが描く現在のEU連合の始まりであるヨーロッパ石炭鉄鋼共同体は、石炭と鉄が当時の富の原動力であると同時に、戦争に不可欠であったことから、6か国のヨーロッパ共同体で共有し、二度と戦争をしないことと均等な豊かさを目標にした。
その目標は、鉄のカーテンが終わった時実現するかのように希望に溢れていた。
それが現在のギリシャ危機に見るように、崩壊の危機にあるとZDFズームは語りかけ、現在ドイツで注目を集める専門家に意見を求めている。
フンボルト大学政治学者ヘルフリード・ミュンクラー教授は、「ヨーロッパはエリートプロジェクトであり、究極的な終着点に自ら進んで行き、本質的には利益であり、生贄があるとしても損失はない」と述べ、エリート(官僚政治家)プロジェクトが進展することで民主的な市民プロジェクトへ転換されると主張している。
ミュンクラー教授は今年3月に出した本『権力の中心に Macht in der Mitte』で、ドイツが非難されようとリーダーシップをとって、EU連合の結束を維持して行かなくてはならないと述べている。
それは、金融専門家カステン・ブレスキーの通貨統合から政治統合推進の意見とも一致している。
番組はそうした専門家の現実的対処意見に、政治統合は加盟国の自主性を放棄するものだと投げかけ、多難であることを示唆している。

カントの理想実現(19)・明日なき世界を救う道(3)・道具的理性から見えてくるもう一つ別な処方箋
確かに現在のEU連合危機を単に経済的危機と考えるなら、専門家が述べるようにドイツがリーダーシップをとってEUの政治統合へ推し進めることが危機克服の道であろう。
しかし本質的問題は、EUの理念が失われ、競争原理追求のために理念喪失も容認されていることである。
すなわちそれは、ギリシャを始めとした弱国が益々瀕していくことが容認されるだけでなく、EUの2030年までのエネルギー政策では産業利益が最優先され、石炭火力発電と東欧などでの原発推進政策を二つの柱とすることがロビイスト支配で決議されたことにも見られる。
また現在も続くシリアやウクライナの戦争の原因も、本来平和を求める緩衝として機能すべきヨーロッパが経済利益最優先で急速に拡大したことにあると言っても過言ではない。
そこでは利益追求が怜悧な教えとして最優先され、本来人間に幸せをもたらす理性が益々産業利益の道具と化し、自らを破滅しようとしている。

理性の道具化を鋭く批判したのは戦後ドイツのフランクフルト学派であり、ホルクハイマーとアドルノの『啓蒙の弁証法』では、理性による進歩(啓蒙)が自然や人間を支配するための道具と化したことを厳しく批判している。
そのなかでは、カントの道徳的理性も権力によって支配されると非倫理的諸力へと転化すると指摘されており、科学技術同様に善にも悪も転化すると言えよう。
すなわちカントの「正義はなされよ、たとえ(邪悪な連中の)世界は滅ぶとしても」が、ナチズムの「正義はなされよ、ホロコーストがなされるとしても」、そしてナチズムに抗する連合国側の「正義はなされよ、原爆投下がなされるとしても」に容易に転化したことが検証されている。
戦後のドイツは、そのようなフランクフルト学派の厳しい理性批判を自ずと組み込み、ナチズムを生み出した社会が全面的に刷新された。
その刷新の柱は日本が明治に学び見習った官僚政治であり、これまでの富国強兵を目標として産業に奉仕する無謬神話の官僚制度が、万民の幸せを目標に国民に奉仕と責任を負う制度へと180度の転換がなされた。
すなわち官僚の裁量権を現場の担当する官僚に移譲し、一人一人の責任が厳しく問われることで、公の幸せを目標とする理性が権力に悪用されないよう歯止めがかかった。
それはドイツの行政訴訟を見れば一目瞭然であり、国民が費用なしに容易に請求でき、行政訴訟裁判では厳密な記録履行が課せられている行政資料提出が行政側に強いられ、官僚は過ちに対して逃れられないからである。
そのような仕組みは現在も生き続けており、政治が新自由主義の襲来で産業に支配されても、公の幸せが追求される社会が築かれていると言えよう。
例えば2010年の原発運転期間延長政策決議の際、先頭に立って反対意見を主張したのは責任ある官僚たちであり、もし事故が起これば責任が問われるからでもある。
またそのような健全な理性追求がなされるからこそ、希望ある未来のエネルギー転換がさまざまな妨害にも関わらず推進されると言えよう。

しかし政治家官僚たちの責任が問われないEUでは、あからさまなロビイスト支配で理性が益々道具化し(注1)、本質的問題には目を向けようとせず、金融安定化機構や緊縮政策履行だけを求めている。
すなわち本質的問題に目を向けないロビイスト支配された政治家官僚たちの仕組みを、戦後のドイツのように180度転換しない限り、EUの明日、そして世界の明日はないと言えよう。

(注1)既にZDFズーム『貿易の機密』フィルムで描かれているようにブリュッセルには3万に及ぶロビイストが溢れ、絶えずEU委員会で議題とされるテーマで公然とロビイストたちとEU委員と協議する会議が開かれ、ロビイストたちの書類がEU委員会の決議書類となるのである。
決して日本のように隠れてなされるのではなく、公然となされているのには呆れる。
2030年までのEUエネルギー政策決めた際の最高責任者ドイツのエティンガー(前のバーデン・ヴュルテンベルク州首相)も責任の問われないEUに出ると、「信念に基づいて行っているのであり、ノーであれば選挙で落とせばよい」とインタビューでも居直るのだ。