(171)ハネケ映画を通して現代を考える(16)コード・アンノウン 後編・・・生き難い世界の克服

ミヒャエル・ハネケはインタビューで、「この映画は二つの中心テーマを持っています。一つはパリやロンドンのような大都市で、明確に街路像に読み取れる新しい民族移動現象です。もう一つはコミュニケーションの困難さであり、愛する伴侶、家族間、異なる人種間で見られますが、政治的つながりを少なくとも持とうとしていません」と述べている(注1)。
それゆえにこの映画に登場する人たちは、現在の生き難い世界で苦悩しながら、お互いに理解し合うこともなく暮らしている。
しかし如何に絶望的でも、この映画ではハネケの生き難い世界を克服する希求が垣間見られる。
聾唖の子供たちが太鼓を演奏するシーンでは、教師アマドゥを含めて聾唖という共通性を持つことで一つに統合されている。
そこには、世界の人々の連帯を可能にする政治統合を望むハネケの希求が感じられる。
確かにハネケがこの映画を制作した21世紀の幕開けでは、新自由主義の競争原理を追求したEUの政治家たちと異なって、EUの市民は政治統合による連帯を求め、EU全体が隅なく豊かになり、生き易い世界になることを夢見ていた。
しかし実際は、共通通貨ユーロの経済統合によって競争原理追求が優先され、人や環境を守るあらゆる規制や社会規範が取り除かれて行き、人々は地域で生きることが益々困難となり、ハネケが指摘する大都会への新しい民族移動が恐ろしい程深刻になっている。
そこでは、ひと握りの政治や経済に関与する人たちだけが益々豊かになり、大部分の人たちは暮らしに困窮し、お互いに理解し合えないだけでなく、夫婦間、家族間、市民間、民族間でぶつかり合っている。
まさに、ハネケの心を一つにして太鼓を打てるような理想世界は絶望的である。

しかし最近のドイツのエネルギー転換は革命的であり、まだ世界は依然として絶望的であるが、希望の光が確実に見えてきている。
それはソラーレボリューションの急速な進展であり、私が並行してブログに書いている「世界を変えるドイツのエネルギー転換」シリーズを読んで貰えば理解してもらえる筈だ。
ドイツの太陽光電力価格は原発電力価格より安い10セント(キロワット時)以下となって来ており、企業は自ら太陽光で自家発電した方が巨大電力企業から電力を購入するよりも遥かに安く、益々この動きが加速されていくからである。

それは、世界の国々のあらゆる地域で誰でも容易な電力所有を約束するだけでなく、商品も地域で生産した方が有利であることを示唆し、人類に格差を生み出した狩猟生活から農耕生活への大転換に匹敵する逆の大転換を意味する。
すなわちこれまでの化石燃料による外へ外へと拡がる新自由主義の経済支配世界とは対照的に、再生可能エネルギーによる内へ内へと拡がる地域直接民主主義の世界実現であり、格差も絶えず小さくなる理想世界の到来である。
まさにそれは、ハネケの提示する一つの世界の政治統合を可能にするものであり、ハネケの希求する生き難い世界の克服である。

(注1)http://www.dieterwunderlich.de/Haneke_code.htm
"Der Film hat zwei zentrale Themen. Das eine ist das Phänomen der neuen Völkerwanderung, das sich in Städten wie Paris oder London am deutlichsten im Straßenbild ablesen lässt. Das zweite ist die Schwierigkeit der Kommunikation, und zwar auf mehreren Ebenen: bei einem Liebespaar, innerhalb einer Familie, zwischen verschiedenen Ethnien. Da kommt man nicht umhin, die politischen Zusammenhänge wenigstens anzudeuten."