(407)救済なき世界”をそれでも生きる(29)・コロナ感染拡大で見えて来た世界(7)ベーシックインカムが新たな世界を創る・ 2020年を締めくくれば・2021年メルケル首相新年挨拶

2021年メルケル首相新年挨拶

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メルケル首相新年挨拶に日本語字幕を付けて載せることが私の恒例となったのは、彼女が2015年避難民受入れのために、ドイツ中のキリスト教民主同盟CDU党員集会での激しい反対にもかかわらず、政治生命をかけた時からだ。

CDU内、そして国民の反対が高まるなかで、「基本法の庇護権には制限がない。救いの手を差し伸べないなら、私の祖国でない」と明言して、2015年は100万人以上の避難民をドイツに受け入れ救ったからであった。

確かにメルケル首相は2011年の脱原発宣言でも、与党内の過半数原発維持を支持していたにもかかわらず、福島原発事故直後に倫理委員会を招集し、公共放送でその議論を何日にも渡ってガラス張りに公開し、圧倒的多数の脱原発世論形成でこれまでには在り得ないことを起こした。

もっとも避難民受入れた後、各地でトラブルが拡大し、世論調査でもメルケル支持が急減したことから、翌年からはトルコとの折衝で避難民収容施設をトルコに造り、そこでドイツ受入れ審査を厳しくしたことから激減していったが、メルケルが自国民であろうが他国民であろうが全てを投げ捨てて、絶えず弱者を救おうとして戦ったことは、これからの困難多き世界の未来に、一筋の明かりを灯したことは確かである。

今回のスピーチの終わりでも、自ら述べているように、最後の新年挨拶であり、来年から人々の希望を鼓舞するスピーチが聞けないことは非常に残念である。

彼女はその新年挨拶の終わりに、「現在のコロナ禍にあるドイツは15年間の首相在任中最も困難な時ですが、全てに心配と懐疑があるにもかかわらず、かくも希望を持って新年を迎えたことがありません」と結んでいるのは、まさにメルケルの幼少期からの生きる術なのだろう。

彼女のプロテスタンス宣教師の父は、東ドイツ誕生直後にハンブルクから移住し、「教会とマルクス主義の平和的共存」を主張したことから、組織批判者として家族も絶えず監視され、困難な時代を自己主張封印で育ったと言われているが、封印の下で理想を育んでいたからこそ、現在のメルケルがあると言えるだろう。

統一後コール首相の下でも、自己主張封印を徹底して、コールを支えたからこそ頂点に上り詰め、金融危機を契機として、その封印が徐々に解かれ、キリスト教民主同盟を大きく変えるだけでなく、現在の強者の新自由主義世界とは異なる弱者に優しいドイツに導いたと言えよう。

それ故にドイツ政界から退いた後は、メルケル政権を長年に渡って支えた腹心の現在欧州委員会委員長(ウルズラ)ライエンがEUを率いていることから、国連に場を移して、世界のメルケルになって未来に希望を灯してもらいたい。

 

灰とダイヤモンド”一筋の光

 

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上の動画、公共放送rbbの視聴者投票シリーズ番組「私たちは議論しなくてはならない・・・ベーシックインカム」は、時間的なことから3.4,5を省き、終わりの締めくくりと視聴者投票状況に留めることにした。

それでも、この放送には迫真性性が感じられる。

それは洋裁工房を営むメルツさんが、ベーシックインカム請願に辿り着いた際、すなわち最初のドイツのロックダウンの際、請願の選択しかない程苦しく惨めだった事を思い出し、思わず泣かずにはいられない思いを表情が伝えていた。

また司会者が、CDUグラフ議員の意見が余りにも煮え切らないことに思わず切れて、議論を打ち壊すのかと怒った場面からも、その迫真性が伝わって来た。

CDU議員グラフが踏み込んでベーシックインカムに反対を唱えないのは、今回の投票結果でもわかるように、ドイツ市民が圧倒的にベーシックインカム導入に賛成しているからである。

尚グラフ議員が論拠と挙げたドイツ経済研究所は、長年ベーシックインカムに否定的であった所長マルセル・フラシャーが自らベーシックインカム導入の検証の必要性を説き、今年8月から応募者の中から120人を選び、3年間毎月1200ユーロを支給し、市民の生き方がどの様に変わるか検証を始めている(注1)。

そのようなドイツ経済研究所の論拠をグラフ議員が持ち出したのは、2021年の新しい年が連邦議会選挙の年であり、与党キリスト教民主同盟メルケル退陣で左派(メルケル後継側)と右派が嘗てないほど分断されており、政権継続だけでなく政党自体が危機にあり、これまでのように市民の賛成するベーシックインカムに真っ向から反対するのは得策でないからであろう。

しかしそのようにキリスト教民主同盟が危機にあること自体も新たな時代への兆しであり、現在ドイツがコロナ禍でロックダウンに近い状況であるにもかかわらず、“灰とダイヤモンド”を見るように一筋の光が見えて来る。

 

年の終わりにベーシックインカムを締めくくれば

 

2020年12月16日の朝日新聞耕論「ベーシックインカム考」では、二人の学者が賛成と反対で意見を述べていた。

賛成の山森亮教授は、生活保護基準以下で困窮する人たちの2割前後しか生活保護を受給できておらず(自動車所有ができないなどの厳しい審査等)、選別的ではなく全ての人への(審査なし)条件なしベーシックインカムの必要性を強調している。

そして自らもベーシックインカムネットワーク理事をして推進に努力しているが、抜本的改革が不可欠なため超党派の合意の下、数十年単位で推し進めないと実現しない明言している。

確かに現在の日本の指針に、攻撃を受けかねない集団自衛権治安維持法にもなりかねないテロ特措法で、意義を申し立てただけで、学術会議委員選考で拒否される国においては、そのような形で辛抱強く導入の実現を目指して行くしかないとしても、それでは現在救いを求めている人たちは救われない。

反対の宮本太郎教授は、ベーシックインカム導入で現在の社会保障が縮減され、究極的に低額のベーシックインカムと自助だけの社会になりかねない危うさを強調していた。

現行の不透明で再配分効果が弱い社会保障制度を満足させるためには、もっと確実で効果的な、例えば低所得世帯の家賃補償のような所得保障政策を推奨している。

また財源に関しても、I Tネットワークがコモンズで形成されていることから、巨大I T企業に応分な負担を求めていた。

それらは正論としても、グローバル資本主義によって生じた現在の異常な格差にまで踏み込まなくては、結局これまでと同様に貧困と格差が益々下へ下へとスパイラルして行くのではないかと感ぜずにはいられなかった。

踏み込むべきは、貧困を解消できない格差を生じる仕組であり、格差を生じているは1970年代所得税最高税率75%が現在の45%まで下がり、富の再配分を機能させていないことにある。

(条件なし)ベーシックインカム導入は、即効的に困窮者のない社会を創るだけでなく、財源を富の再配分が機能する方向で所得税最高税率などを戦後の分かち合いの時代に戻し、著しい格差を解消する突破口とすべきである。

実際ブログ304で述べたように、ドイツのリンケ政党は既に2017年の連邦議会選挙綱領にベーシックインカムを掲げ、高額所得者にだけ「富める者が富めば、貧しい者も自然に豊かになる」という現在世界の至る所で疑問視されるトリクルダウン理論で軽減されている税体制にメスを入れ、ベーシックインカム税導入で95%の国民が潤う方法を提示している。

また気候変動の「未来のための金曜日」運動などで、急速に支持を20%にまで倍増している緑の党も2021の連邦議会選挙でベーシックインカム導入を選挙綱領にすることを、11月22日の党大会で決めている。

そのような党大会決定を促したものは、ドイツ中の圧倒的多数の緑の党市民がベーシックインカム導入で気候変動解決と格差解消を望んでいるからである。

緑の党の具体的ベーシックインカム政策はこれから論議されるが、財源に関しては所得税の再配分強化に加えて、裕福層に負担を重くすると同時に、環境に負荷を与える製品や輸送等に課税(消費税)を徐々に高めていくエコロジー税制を原点に戻って復活させることで、気候変動を解決するだけでなく、世界をオルタナティブな格差の小さい緑の世界に変えていこうという機運が感じられる。

今コロナ禍の日本で緊急に必要なのは、その禍を最も激しく受けている生活保護を受けておらず生活保護以下で困窮する多くの人たちで、困窮を訴えるだけで審査なしに、ドイツのように少なくとも6か月手厚く支援保護されなくてはならない。

しかし一過性のものであれば本質的には何も解消されず、前回述べたようなパパ活といった個人売春の類が日常茶飯事となってくるだろう。

さらに地球温暖化の進展で、洪水や干ばつによって暮らしに困窮する人たちにより重く皺寄せを与えることは明らかであろう。

また現在のコロナ禍を乗り越えたポストコロナの世界では、人工知能によるデジタル化とオートメーション化が急激に進み、大半の雇用が奪われ、そのままでは失業者が溢れてくるだろう。

それは、最早これまでのようにケインズ的な公共事業で対処できるものではないだろう。

それはウルリッヒ・ベックが主張するように、ベーシックインカム導入で歓喜する勝利にしていかなくてはならない。

すなわち人工知能によるデジタル化とオートメーション化で代替できる仕事を推進すれば、人の働く時間は年々少なくなり、しかも生きがいの持てる仕事を自由に選択できる歓喜の時代は、ベーシックインカム導入で既に私たちの懐まで来ている。

それは強者と弱者が分かち合う時代の始まりであり、貧者のない世界、自然環境と共存できる世界、争うことのない差別なき世界、そして働くことに生きがいを持てる世界への第一歩になり得ると確信する。

 

今年はコロナに明け、コロナに暮れる、自らにとっても嘗て体験したことのない閉ざされた年であったが、それに逆らうことなく対自し、晴耕雨読で嘗てないほど落ち着いて過ごせたように思う。

新しい年も世界でワクチン接種が始まったからと言って、コロナ終息には数年かかるというのが多くの専門家の見方であり、終息後も以前に戻ることはないであろう。

それでも、自らの生き方を含めて、以前には見えない光が見えて来たと、年の終わり言いたい。

 

(注1)

ドイツ経済研究所は、財源を連邦とベルリン州で折半するガラス張りに開かれた公的研究機関であり、経済問題だけでなく社会問題や環境問題に至るまで調査研究し、研究発表者のインタビュー音声報道などを通して国民の誰もが調査結果をわかり易く理解できるように配慮しており、まさにドイツ市民のシンクタウンであり、ドイツ市民の倫理的民主主義を啓蒙していると言っても過言でない。

そして今年ドイツ経済研究所が8月に条件なしベーシックインカムを始めた際の所長マルセル・フラシャ-の説明は以下のようなものであった。

私は長い間条件なしベーシックインカムの批判者で、導入反対論拠(人々を怠惰にするプレミア)を確信していた。(Ich war lange Zeit ein Kritiker des bedingungslosen Grundeinkommens. Mir schienen die Gegenargumente überzeugender.)

 しかしこの10年.ドイツは好景気であったにもかかわらず、中間所得層が、貧困リスク(中間層平均所得の60%未満の割合)の上昇から、益々没落している事実は、社会システム変化の要請を突き付けていると述べ、ベーシックインカムの検証の必要性を強調している。

 (特に現在の)コロナパンデミックの経済問題、そしてドイツに既存する社会システムの脆弱さの問題は、可能な限り社会参加と機会平等を保証する目標を持って、新しい道を追求することは欠かせない論点である。確かに全ての市民に固定所得を保証するベーシックインカムは多くの人たちにとって挑発的考えである。しかし私たちは先ずそれを受取り、真摯に調査すべきであり、まさにそれ故私たちはそれを企てるのである。(Die wirtschaftlichen Folgen der Corona-Pandemie und die zu geringe Effektivität der bestehenden Sozialsysteme in Deutschland sind starke Argumente, nach neuen Wegen zu suchen, mit dem Ziel, Teilhabe und Chancengleichheit möglichst für alle zu gewährleisten. Das bedingungslose Grundeinkommen, das jeder Bürgerin und jedem Bürger ein festes Einkommen garantiert, ist zwar für viele eine provokante Idee. Doch wir sollen sie ernst nehmen und ernsthaft untersuchen. Genau das haben wir vor.)

参照Zeitオンライン(8月18日)

Bedingungsloses Grundeinkommen: 1.200 Euro im Monat, drei Jahre lang | ZEIT ONLINE