ドイツ左翼政党リンケの下降と分裂危機
ドイツ右翼政党AfD(ドイツの選択肢)が前回述べたように、現在の危機を利用して上昇気流に乗っているのとは対照的に、ドイツ左翼政党リンケは下降を続けている。
AfDが上昇気流に乗っているのは、トランプの出現に見るように自国利益最優先の覇権主義が勢いを増すなかで、出来るだけ再生可能エネルギーへの転換を引き延ばしたい化石燃料産業の後押しがあるからである。
それゆえエネルギー転換を政権内で推進する緑の党への攻撃は激しく、燃料費高騰の不満層や増え続ける難民懸念層を吸収して、この6月には世論調査で18%という記録更新の高い支持率に上り詰めている。
これと対照的なのは左翼政党リンケであり、既に2021年の連邦議会選挙で連邦議会に残れるギリギリの5%まで下降し、その後も5%と下降したままであり、上の今年3月19日のZDFベルリンダイレクトに見るように、混乱と政党分裂の危機が絶えず報道されている。
左翼政党リンケは、1956年の憲法裁判所判決で共産主義政党が基本法に違反するとして禁止されていることから、開かれた民主主義を通して自由、平等な公正な社会達成を目標に掲げている。
私がドイツで学んだ2007年から2010年の頃は、上昇気流に乗ってキリスト教民主同盟と社会民主党の新自由主義政権を崩す勢いがあった。事実2009年の連邦議会選挙では11.9%の支持があり、緑の党を抑えて野党第一党に上りつめていた。
その勢いを創り出したのがサラ・ワーゲンクネヒトであり、シュピーゲル誌などに新自由主義を痛烈に批判し、新自由主義の自由はリベラルな自由ではなく、公共部門さえ民営化によって奪う自由であり、巨大資本によって自らの規制を作り出す自由であると訴え、一世を風靡していた。
それ故に2011年には『資本主義に代わる自由Freiheit statt Kapitalismus』を著作し、住宅、水やエネルギー供給、教育、健康などの一般的な関心のあるサービスだけでなく、銀行や主要産業の公共化、さらには財産税や冨の再配分強化で公正で平等な「創造的社会主義社会」へ導くことを訴えていた。
確かにそれは左翼政党リンケの目標であるとしても、開かれた民主主義を掲げる政党としては拙速すぎるものであり、党の決議を経ない彼女の主張が絶えず物議を引き起してきたことも事実である。
彼女の側からすれば、自らがよりよい社会を築くために党を先導しなくてはならないという思いがあるのだろうが、それは開かれた民主主義のアプローチとは異なるものがあった。しかも党幹部の本音は彼女の主張と異なるものではないことから、ローザ・ルクセンブルク以来のマルクス主義の俊英と称されるワーゲンクネヒトには苛立ちがつのり、不用意な発言を繰り返し、修復のできない溝を深めてきたと言えるだろう。
確かに開かれた民主主義は、新自由主義の産業社会では気候保護さえ堂々巡りしかねず、殆どの国民が必要に迫られ望まない限り、前に進めない社会でもある。
それ故2021年10月の彼女の連邦議会での発言で、緑の党を「最も危険な政党」であると𠮟責し、物議を醸すのである。現在の緑の党は市民利益を最優先するからこそ政権を担うまでに成長しているのであり、彼女からすれば理念を失い、市民に媚びるまやかしの政党となるのである。
しかしドイツ国民の過半数以上が気候正義、社会正義を求めるようになって来たからこそ、それを実現するために緑の党が政権を率いていることも確かである。もっともAfDを通して化石燃料側の攻撃では今年5月に緑の党支持率を16%まで落とし、エネルギー転換のアクセルを緩めたことも事実であり、開かれた民主主義では世論の支持なくして前に進めないことも確かである。
しかしそれがホロコーストを犯した戦後ドイツの選択した永久革命としての民主主義であり、それを推し進める基本法は多数決では決められない不可侵の第1条から第20条で守られおり、右の独裁国家へも、左の共産国家へも決して変えられないしくみが構築されている。
また右往左往する世論もポピュリズムに陥ることのないよう、公共放送を始めとして様々な機関を通して、公正な世論形成を絶えず求めている。
それでも経済的影響は大きく、シュレーダー政権では新自由主義に巻き込まれ、大きく民主主義が退歩した時期もあったが、全体として絶えず進化し続けている。
もっとも現在のグローバル資本体制のなかでは、国民の望むパリ協定実現も難しく、気候変動激化は避けられず、「核なき世界」の実現も難しいことは確かである。
そうしたなかでマルクス主義の理想に立つワーゲンクネヒトの唱える「創造的社会主義」が、気候正義、社会正義、さらには「核のない世界」を実現するものであったとして、近代から現代へと構築されてきた世界を変え、それらを実現することは不可能である。
なぜなら歴史が教えるように、力による支配で変えて行くことが不可欠となり、スターリンやプーチンの力の支配が示すように、理想とは逆の独裁国家になるからである。。
そのような必然性を、昨年2022年5月に放送されたNHK制作の『スターリンとプーチン』は見事に描いており、私の印象に残ったシーンで18分程に短縮した下の私の見た動画75『スターリンとプーチン』を見てもらっても理解できるだろう。