(478)核なき世界の実現(6)・禍を力とした気候正義実現(後編)EUに拡がる市民エネルギー転換

新植民地主義が作り出すモデル経済

 

 最終回のクライン・ナオミの「ショック・ドクトリン」では、規制なき民営化に始まる新自由主義国民国家を喰いつくし、国民のショックを利用して戦争へと駆り立てる新植民地主義が繰り広げられていると分析している。

そこでは戦争だけでなく、悲惨な戦争後の復興さえ計画的に喰いつくして行く。

イラクで試された「戦争と再建の民営化モデル」はビジネスへと変化して行き、まだ破壊されていない国の復興計画を民間企業に作らせ、政府が公的資金で契約するというモデル経済を誕生させたと述べている。

そのようなクラインの分析からすれば、現在のウクライナ戦争も2014年の無法なロシア侵攻によるクリミア併合に、本質的な平和をもたらす地道な和平努力を怠り、一部の人たちはウクライナへのロシア侵攻を待ち望んでいたとさえ思えてくる。現に今回のウクライナ戦争での膨大な武器使用で、莫大な利益を手にしている軍産複合体の存在も見えてくる。

ウクライナ軍の反転攻勢は苦しみながらも前に進み、ロシアの劣勢は明らかである。それゆえにクリミア半島に反転攻勢すれば核攻撃するというロシアの脅しは、クリミア併合を認めるなら停戦に応じてもよいというメッセージでもあるだろう。また黒海の輸送船への無差別攻撃さえも、停戦交渉を有利に進める戦略と思われ、近いうちに停戦が実現する雰囲気が整ってきている。

しかもウクライナ復興ではクラインの分析するように、支援してきた国家を通して多国籍企業の利益追求が既に動き出しているのを聞く。

しかしそのような「ショック・ドクトリン」を演ずるグローバル世界には、ウクライナ戦争後も本質的な平和や核のない世界も実現しないだけでなく、人類滅亡の危機さえ見えて来ている。

 

気候正義実現のEUへの拡がり

 

 世界が出口なし的戦争を繰り広げるなかで、前回述べたように、ドイがそのような禍を力として市民による気候正義実現に踏み出したことは画期的である。

これまでの気候正義実現の切札は、巨大電力企業の化石燃料エネルギーから再生可能エネルギーのエネルギー転換であったが、それでは前に進めないことがわかってきたことから、2023年の再生可能エネルギー法では地域の市民エネルギー協同組合や自治体による市民エネルギー転換を打ち出したのである。

巨大電力企業の推し進めるエネルギー転換が進まないのは、太陽光発電風力発電が地域分散型技術であり、巨大電力企業が取組む洋上風力発電建設ではコストが嵩む上に、大量に電力が製造されてもドイツ中に供給するには高圧電力網建設が欠かされず、さらなる電力価格上昇なしには成り立たないからである。

ドイツの2023年の電力価格は現在1キロワット時約40セントにまで上がっているが、市民が太陽光発電で造る電力買い取り価格は約8セントにまで下がっている。

産業強国ドイツでは市民が造る電力を直接隣人に売ることは禁じられているが、隣国オーストリアでは2021年から市民の造る余情の電力を隣人に売ることができるようになり、市民のエネルギー転換が加速している(注1)。ドイツでも市民が隣人に規定の安い価格で売る声が高まっており(注2)、実現すれば電力価格が下がるだけでなく、さらに市民のエネルギー転換が激的に推進するだろう。

もっともそれをドイツで認めれば、電力巨大企業の経営が成り立たなくなることは明らかであり、大きな障壁があることも確かである。

しかし再生可能エネルギー法(EEG)が、洪水や熱波、さらにはウクライナ戦争によるエネルギー危機という禍を力として、巨大企業配慮のエネルギー転換から市民配慮のエネルギー転換に180度転換したように、もはや障壁の突破は見えてきている。

そのような市民のエネルギー転換は、現在の市民の電力を巨大電力企業支配から地域の自治体や市民エネルギー協同組合に変えるものであり、地域での市民によるエネルギー自立が実現すれば、当然市民の食料品や必需品の地域での自給自足へと向かう筈である。

それはまさに前回述べたラトゥールシュ「脱成長理論」の「生活圏の再ローカリゼーション」であり、絶えず成長と利潤追求のために全てを商品化し、自然生態系に負荷をかけ続ける「悪の陳腐さ」を解消し、楽しい生活を創造し合う倫理や自然環境の尊重といった「贈与精神」を取り戻すものである。

そのように経済、食料システム、文化、生き方がグローバルからローカルへシフトして行けば、気候正義実現を約束するだけでなく、社会正義や本質的な平和を実現することも可能である。

しかもそのような期待が膨らむように、気候正義実現への取組みはドイツだけでなく、EU諸国全体に拡がっており、EUは今年2023年7月16日にこれまでの再生可能エネルギーへの転換を2030年までに32%に引き上げる目標を大幅に加速し(注3)、45%にすることを決議している。

それを実現するために新たに出されるEUの再生可能エネルギー指針は、ドイツの出した2023年再生可能エネルギー法をEUが承認したことからも、市民によるエネルギー転換を推進するドイツ並みの規定となることは確かである。

このようなEUでの気候正義実現は、現在のグローバル資本主義のなかで新自由主義の競争原理を優先し、ともすれば軍事拡張を招くと批判されるEUを本質的に変えるものであり、次回に詳しく述べたい。

 

(注1)「オーストリアのエネルギーコミュニティ」

https://energiegemeinschaften.gv.at/organisation/

 

(注2)「隣人に電気を安く与える」

https://www.tagesschau.de/wirtschaft/verbraucher/solarenergie-energy-sharing-101.html

 

 

(注3)この32%は電力だけでなく全てのエネルギーの割合であり、2021年EUの割合は22%であり、ドイツは電力の再生可能エネルギー割合は46.2%と高いが、全てのエネルギー割合は20.4%(2023年3月統計)とEUの平均より低い。これはドイツがヨーロッパ最大の石炭産出国さであり、自動車大国であることに起因している。それゆえ現在提出されている化石燃料をヒートポンプ使用の電化に変えて行く暖房法が、様々な妨害にあっている。