(462)何故「帝国市民のクーデター計画」が起きるのか

画策されていた帝国市民のクーデター計画

 

 上の12月7日のZDFheuteが伝えた「帝国市民のクーデター計画」は、ドイツだけでなく世界を震撼させた。

7日6時、重装備の警察官3000人が、ドイツ、オーストリア、イタリアの150カ所で右翼過激派ライヒスビュルガー(帝国市民)に所属する関係者の自宅や事務所を一斉捜索し、25人が逮捕された。

逮捕者には元警官や軍人だけでなく、著名な元刑事検察官や元AfD連邦議員で現役の裁判官も含まれており、連邦検事総長ペーター・フランクが「私たちが知る限り、この帝国市民協会は、ドイツの自由民主主義的な既存の国家秩序を置き換え、力と軍事的手段を用いて、基本秩序を排除する目標を設定していた」と述べるように、荒唐無稽なクーデター計画ではなかった。

すなわち連邦議会議事堂突入で、現在のシュルツ政権を倒し、新しい軍事国家を誕生させることを、新しい大臣も決めて具体的に画策されていた。

それゆえシュルツ首相は逮捕直後、「彼らの計画は、私たちの民主主義に対する最大の脅威であり、法の支配、自由、平等、少数派の擁護を求める民主主義のすべてを否定するものである」と声明を出している。

しかし何故、ドイツのように民主主義が絶えず進化して自由、平等を追求している国で、このような恐るべきクーデター計画が起きるのだろうか。

それは一つには、自由、平等を追求するゆえに、言論の自由、デモの自由が守られているからとも言えるだろう。

例えばコロナ感染で始まったワクチン接種やマスク着用義務、外出接触制限、移動制限に対して、市民の自由が奪われという訴えで、これまでにドイツでは何百のデモが行われて来た。

その大部分は常識的規制に反発するクヴェア・デンカー(水平思考の人々という団体であり、根本は帝国市民と同一の極右過激派組織)が一般市民を巻き込んで為されている。

2020年8月29日のコロナ規制反対デモではベルリン市民約4万人が参加したが、連邦議会議事堂に集結した500人ほどの帝国旗を掲げるクヴェア・デンカーが突然防護柵を乗り越え、侵入をはかった。

警察官の必死の防御によって侵入は未遂に終わったが、この侵入未遂が2021年1月の極右過激派トランプ支持者たちの国会議事堂突入で手本とされた言われている。

だからと行って、言論の自由、それを支えるデモの自由を規制することは問題であり、規制を厳しくすれば右翼過激派の思う坪であり、自由の制限を盾に益々勢力を拡げるだろう。

ドイツで極右勢力が勢いを増したのは、シリア難民が激増し、2015年のシリア難民の受入れが100万人を超えた時からである。

もっともそれ以降は徐々に平静さを取戻し、昨年の連邦議会選挙では極右政党と指摘されるAfDも下降している。

それはドイツにおいて、自由と平等だけでなく、気候正義、社会正義が絶えず追求されてきたからでもある。

 

なぜドイツで帝国市民のクーデター計画が起きたのか

 

しかし予想もしなかったロシアの侵略が始まり、エネルギー危機によって気候正義が足をすくわれ、多くの市民に不安感が拡がり、極右勢力に絶好のチャンス与え、帝国市民のクーデター計画を生み出したと言っても過言ではない。

しかしドイツでは、2016年から帝国市民協会をリークしていた警察当局同様に、ドイツのメディアは、そのような極右勢力の革命幻想を見抜き、絶えず警鐘を鳴らしてして来たことも確かである(注1)。

下に日本語字幕を付けて載せたドイツ第一公共放送ARD制作の『気候崩壊、エネルギー危機、右翼の物語』(8月21日夜放送)では、なぜ革命幻想を抱く右翼が蜂起を夢見るかを明瞭に語っている。

この番組では、極右研究の第一人者でもあるマグデブルグ・シュテンダール応用科学大学の社会学教授マチアス・クエントを登場させ、なぜ今右翼の物語が拡がって行くのか核心に迫っている。

クエント教授は『気候人種差別』を世に出し、特に最近10年気候保護を妨げる活動が活発化し、その活動の中心が極右であると看破している。

また彼らは、気候変動の激化で世界に拡がる南の貧困地域での大きな苦しみに対して何ら責任を感じておらず、気候保護を妨げるだけでなく、経済的自由と国境を守らなくてならないという考えであり、分断をはかる人種差別のナショナリズムに他ならないと指摘している。

そして極右の物語は、人々の日常生活で自らの存在に意味を与える物語だと述べている。

まさにその物語はナチスの世界観(陰謀論)であり、ハンナ・アーレントによれば、繋がりの希薄となった市民が、未来に不安感が増していくなかで大衆としてアトム化され、わかりやすい世界観「諸悪の根源はユダヤ人の世界経済支配にあり、排斥しなければならない」に飛び付いたのである。

そして現在の帝国市民のわかりやすい世界観は、「諸悪の根源は、法の支配、自由、平等、少数派の擁護を求める民主主義であり、排斥しなくてはならない」となるのである。

そしてクエント教授は、そうした右翼の物語が保守的考えと結びつき、さらに常態化し、過激化し、社会の分断を起こす危険性を警告している。

(事実ナチスは、ドイツ帝国の富国強兵、殖産興業を強化し、ヒットラーは『我が闘争』でドイツ帝国のそのような官僚支配を絶賛している)

またこのフィルムに登場している俊敏なシュピーゲル誌の女性記者スザンヌ・ゲッテは、何故気候保護と気候適応が現在不全になっているかを指摘し、エネルギー転換が為されないなら、「人々は蜂起し、右翼は上昇気流に乗るだろう」と述べている。

そしてラストは、ドイツ第一公共放送ARDの主張でもある「気候危機、エネルギー危機の物陰では、右翼が“暑い秋”を夢見ている。それに対して、社会正義と気候正義の政治が手を差し伸べなくてはならないだろう」と締めくくている。

明らかにこのフィルムを見れば、なぜ帝国市民がクーデター計画で“暑い秋”を夢見るのか理解できるだろう。

そして最後に私見を述べれば、この春書いた『2044年大転換・ドイツの絶えず進化する民主主義に学ぶ文明救済論』でも指摘したように、気候正義、社会正義を推し進めるためには、ドイツの民主主義を経済にまで進化させていかなくてはならないだろう。

 

(注1)例えばドイツ第二公共放送ZDFが2020年7月24日に放送した『コロナ神話(陰謀論)の力・民主主義の危機』では(このブログ408から3回に渡って掲載)、コロナ禍で極右の陰謀論がドイツ中で一時的に勢いを増し、ドイツの民主主義を脅かすなかで、公共放送として陰謀論の目的と実態を様々な角度から迫真に迫って追求している。